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伝兵衛
伝兵衛
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2017年07月11日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載7


ザックが法廷に立ったとき 里親パムとジョー
はザックを刑務所に入れないようにと裁判官
に懇願した。「彼は支援を必要としている。
勾留が必要なのではない」とパムは言う。
ザックは幸運にも 2013年に暴力的な青少年
のための施設に入った。パムは彼にそれ以来
会っていない。
パムとジョーの家に来た四番目の里子はミア
と言う。それは8年前で、ミアは9歳だった。
ミアの居た家は地獄だった。両親は酒を飲み
アヘンに似たモノをやっていた。ミアの父は
ミアと姉を強姦し、母親は粉にした錠剤を吸
っていた。売人もしていた。「私はいつも父
に見つからないように タンスの中に隠れて
いた」とミアは言う。
パム夫婦がミアを受け入れる前にミアは既に
五つの里親家庭で暮らしたことがあった。姉
のジェニファは そのうちの一つの家庭で養
子縁組した。しかし その里親はミアと養子
縁組しようと しなかった。ミアはパムの家庭
に週末だけ過ごすはずだったが、ミアはその
まま居続けた。(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 16:38Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月10日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載6


アレックスは新しい里親になじんだが、ザッ
クはあまりにも深い心的外傷を負っていた。
ザックは暴力と不安以外のことを人生で経験
したことがなかった。「傷つけられた人は人
を傷つける」と里親パムは言う。ザックは学
校で殴り合いをした。妹を虐待した。「彼は
いつも夜に私のベッドに来て、全力で私を殴
った」とパムは言う。「しかし私は何も話さ
なかった」。
ザックの中には激しい怒りが煮えたぎってい
た。里父ジョーが倉庫にあるコンピュータを
取り出すのを禁止したとき、ザックは自分の
リュックからナイフを取り出し、家族の車の
タイヤを突き刺し、里父に襲いかかった。
「このクソ野郎、殺すぞ」と叫んだ。「彼は
本当に殺すつもりだった」とジョーは言う。
ザックはナイフで刺しにかかり、刃はジョー
の手首の関節に当たった。腕時計の金属製バ
ンドに刃が当たって助かった。パムは警察を
呼んだ。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 18:41Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月09日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載5


パトリックが里親のところへ来て1年後にザッ
クと妹アレックスが来た。この子たちの母マ
ーシーはヘロインとクスタルメスとコカイン
をやっていた。子ども達は父親のところで暮
らしていた。父アールも薬物依存症者だった。
ある日 父はキャンピングカーの中で死んだ。
警察はザックとアレックスを学校から連れ去
り、母親のところへ届けた。母マーシーは子
ども達と住んで、荒れ果てたモーテルで男を
次々に替えていた。ザックは殴られ、侮辱さ
れ、性的に暴行された。とうとう児童相談所
はザックとアレックスを里親家庭に連れて行
った。兄妹は別れ、幾年もの間 幾つかの施
設や里親家庭へ回された。ザックが10歳、ア
レックスが8歳のとき 里親パメラとジョーの
ところに来た。「きょうだいは一緒に暮らす
方が良い」とパメラは言う。(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 16:48Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月08日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載4


薬物は依存症者を破滅させるだけでなく、家
族を分裂させ、ボロボロにする。西バージニ
ア州では児童相談所が家庭から引き取る子ど
も10人の内9人は親が薬物依存症だ。「気絶し
て倒れたり、死んだりした薬物依存症者につ
いての報告の それぞれには子どもについて
の恐ろしい物語がある」と里親パムは言う。
「薬物依存症者のうち子どもを持つ人は大変
多い。彼らの子どもは全く無防備だ。彼らの
子は この荒廃の犠牲者だ」。
里親夫婦パムとジョーは数年前に子ども達を
救おうと決めた。パムは保健部門の部長とし
て稼ぎは良かった。夫婦は丈夫で 人当たり
の良い人だ。「何かしないと いけないと考
えただけのこと」とパムは言う。2003年に夫
婦は まずパトリックを里子に迎えた。その
後 夫婦は10人の里子を受け入れた。彼らの
親は薬物依存症だ。10人のうち8人と養子縁組
した。「この子たちが経験したことに私たち
は決して耐えられないだろう」とジョーは言う。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 15:10Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月07日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載3


◎小見出し:「食べ物はあるだろか?アパー
トから追い出されるのだろか?」これが幼い
ミアの世界だった◎
薬物依存症者はヘロインを温め、注射し、錠
剤を細かく砕いて吸う。恍惚状態になる。時
には量が多すぎたり、強すぎるモノをやった
りして死ぬ。幸運なら やり過ぎても救急車
で運ばれる。時には運が尽き、死体公示所に
運ばれる。アメリカでは去年 約6万人がヘロ
インあるいはアヘンに似たものをやり過ぎて
死んだ。この数は銃や車の事故による死者の
数よりも多い。多くに地域では アヘンに似た
ものの過剰摂取は 自然死でない死の原因
として最も多い。
西バージニア州は薬物依存症が特に猛威を
振るっている州だが、実はどの州も酷い。ニュ
ーイングランド州、昔 製鉄業が栄えた地帯、
アパラチア地方、南部、南西部で数十万人が
薬物をやっている。医師・救急隊員・消防士・
警官・教員・ケースワーカー・市長など皆が
薬物と悲惨に抵抗しているが、絶望感と無力
感に疲れている。(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 19:07Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月06日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載2


2017年7月1日発:見出し「助けて」。
パトリックの里親はパムとジョーに決まった。
西バージニアのモルガンタウンの町はずれに
ある大きい家だった。パトリックに取って里
親はあまり親しみやすい感じは しなかった
し、飼い犬は怖かったが その家に留まった。
しかし彼は ここでは安心だと思った。それ
は14年前のことだ。
アメリカにパトリックのような子どもは数十
万人いる。そして毎年その数は増えている。
歴史上もっとも残酷な薬物の蔓延にアメリカ
は苦しんでいる。アメリカにあふれているの
は 気分の良くなる麻薬ではなく、色とりど
りのパーティードラッグ・デザイナードラッ
グでもない。それは次のものだ:1)アヘン
に似た薬物で、強力な容赦ない殺人の薬物。
2)メキシコからのヘロイン。ビニル小袋に
入っていて10グラム20ドル。3)中国からの
フェタニル。白い結晶で 三~四粒飲むと死
ぬこともある。4)国内産のオキシコドンと
ハイドロコドン。強力な麻酔剤であり、鎮痛
剤に含まれている。すぐに依存症になる。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 18:10Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月05日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載1


2017年7月1日発:見出し「助けて」。
アメリカには今までに なかったほど多くの
薬物依存症の父親と母親がいる。彼らの子ど
もにとって生活は地獄である。しかし災難の
中に希望もある。この記事は驚くべき家族に
ついて。
パトリックは5歳。里親に会ったとき車の中で
石のように固くなって、不安そうに座ってい
た。実はパトリックは その週末だけ里親家
庭パミラと夫のところで過ごすことになって
いた。彼のおうちは 汚れたゴミ屋敷状態だ
った。そこから二三日逃れるのだ。彼の父の
ウェインは暴力を振るうホームレスで、大酒
を飲み、麻薬をやっていた。妻を殴り、妻の
首を締め ピストルで脅したりしていた。
「水槽の中の魚をピストルで撃ち殺したこと
もあった」とパトリックは言う。パトリック
の母メリッサは薬物常用者であり、クリスタ
ルメス・睡眠剤・ヘロインをやっていた。
彼女はナイフを持って、夫に突進する人だっ
た。母と父が家の中で わめき、殴り合い、
あるいは薬物で恍惚状態になっている間に
パトリックは外で かがみ込んでいた。オシ
メにオシッコとウンチを一杯したまま路上に
いた。そのうちに近所の人が児童相談所に電
話した。職員が来て、パトリックを引き取り
彼のための里親を探した。(つづく、連載は
10回以上になります)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true



  


Posted by 伝兵衛 at 14:52Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月04日

避難所(瘋癲院)・連載19(最終回


ハウスの引越し経費のためには40万ユーロの
寄付が集まった。引越しと改装の経費に百万
ユーロが見積もられている。「すべての住民
が助力してくれている。多くの職人や企業が
無料で支援すると約束してくれている」とア
レクサンダーは言う。
エアビンは引越しの後も この組織に留まる
つもりだと公表した。そしてカルル(妻を亡
くした男)は4年前に70歳の誕生日の後、出て
行きたかったが、既に9年このハウスにいる。
イランからの難民が祝祭のときにスピーチし
た:「私の父とは おそらく会えることはな
いだろう。しかしここで新しい父をカルルと
言う人の中に見つけた」。
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/2/1
(連載おしまい。明日から「薬物依存症の親
をもつ子ども」の連載です。
★ブログ管理人の説明:表題はTollhaus.
辞書には「古語で 精神病院」とあります。
明治時代に日本語で これを何と言うたか
分からない。類語辞典の「狂気」の項目に
色々出てます。その中の「瘋癲(ふうてん)」
は今はあまり使われないから これを使わ
せてもらって「瘋癲院」としてみましたが
記事の内容によると精神病院では なさそう。
記事を読み続けていくうちに この施設の
責任者は医師であるけれど、施設は病院では 
なさそうだと分かりました。なのでタイトル
を「避難所」に変えました。


写真提供:sachiさん  


Posted by 伝兵衛 at 15:19Comments(0)こころのケア

2017年07月03日

避難所(瘋癲院)・連載18


サルシンと夫は難民キャンプをたらい回しさ
れ まもなく我慢できなくなって、自力でパ
リに向かった。パリで逮捕され、数日間 留
置場に入れられた。南チロルの「連帯のハウ
ス」にたどり着き、二人の長い旅は終わった。
イラクでサルシンはラジオ局で働いていた。
南チロルでソーセージ作りを始めた。副業的
にホームページを作った。彼女が実習の場を
求めていたとき、アレクサンダーは肯定的な
答えを送ってくれた唯一の人だった。
しかしまもなく全てが変わる。教団はハウス
を必要とするようになり、来年 入所者は町
はずれの建物に引っ越す。「やっと彼らを追
い出すというのでなく、ハンセン病患者をあ
の場所へ送り込む」と罵る人もいる。しかし
地元の大半の人々は このプロジェクトを
喜んでいたように見える。(つづく)
★ブログ管理人の説明:表題はTollhaus.
辞書には「古語で 精神病院」とあります。
明治時代に日本語で これを何と言うたか
分からない。類語辞典の「狂気」の項目に
色々出てます。その中の「瘋癲(ふうてん)」
は今はあまり使われないから これを使わ
せてもらって「瘋癲院」としてみましたが
記事の内容によると精神病院では なさそう。
記事を読み続けていくうちに この施設の
責任者は医師であるけれど、施設は病院では 
なさそうだと分かりました。なのでタイトル
を「避難所」に変えました。

下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/2/1


写真提供:SACHIさん  


Posted by 伝兵衛 at 12:48Comments(0)こころのケア

2017年07月02日

避難所(瘋癲院)・連載17


サルシン(28歳)はイラクのクルド女性。3階の
談話室のコンピュータの前に座っている。
ここに来て数ヶ月になる。ハウスのホームペ
ージを改善するために実習として ここに滞
在している。サムエルと同じように ヨレヨ
レの船に乗って地中海を渡った。2年前に夫
と共にトルコの町イズミルから小さい難民船
に乗った。1000キロ離れた南イタリアで下船
した。二人が欧州の土地に立ったとき もう
喜ぶ力もなかった。二人はただ見つめ合い、
無言で希望を分かち合った。サルシンの夫は
イラクで政治的迫害を受け、殺すと脅されて
いた。やっと二人は人権と公平の国に着いた。

★ブログ管理人の説明:表題はTollhaus.
辞書には「古語で 精神病院」とあります。
明治時代に日本語で これを何と言うたか
分からない。類語辞典の「狂気」の項目に
色々出てます。その中の「瘋癲(ふうてん)」
は今はあまり使われないから これを使わ
せてもらって「瘋癲院」としてみましたが
記事の内容によると精神病院では なさそう。
記事を読み進んでいくうちに この施設の
責任者は医師であるけれど、施設は病院では 
なさそうだと分かりました。なのでタイトル
を「避難所」に変えました。★
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/2/1


  


Posted by 伝兵衛 at 14:08Comments(0)こころのケア

2017年07月01日

精神病院(瘋癲院)・連載16


エアビン(玄関で演奏する男)は酒が生活を
破滅させたと言う。やっと ここに来て、失
うものも あるという気がした。その気持が
彼に力を与えた。彼は このハウスの大黒柱
になった。イブラヒムが朝、林業の職場へ出
かけるとき エアビンは彼の後ろからウィン
クし、午後に戻って来たら、握手する。根本
において エアビンのような人が望めること
よりも多くが ここには ある。エアビンは
ここを離れる気はない。
記者がここを訪れた数日後 ハンスと妻は自
分の家に引っ越した。パニック障害は もう
ほとんど起きなかった。去る人もあるし、来
る人もある。(つづく)
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/2/1


  


Posted by 伝兵衛 at 15:57Comments(0)こころのケア