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伝兵衛
伝兵衛
オーナーへメッセージ

2013年05月31日

自殺防止・弱音を吐ける社会こそ

朝日新聞 2013年5月29日「記者有論」から
オピニオン編集部 磯村健太郎。
見出し:牧伸二さんの死。弱音を吐ける社会こそ。

ウクレレ漫談の牧伸二さんが亡くなった。自死と見られている。
自殺の問題にかかわる団体や医療機関の多くはいま、
一人で悩みを抱え込まないで」「がんぱれないときは
弱音を吐こう」とのメッセージを盛んに発している。
 例えば「自死・自殺に向き合う僧侶の会」という
超宗派のグループがある。お坊さんとの往復書簡を
通じ、生きる手がかりを見つけてもらおうとする活動だ。
目標に掲げるのは「安心して悩むことのできる社会」。
がんぱれないときまで、がんばろうとしなくてもいい、という。
 埼玉医科大学国際医療センターには遺族外来
(正式には精神腫瘍科)がある。大切な人を亡くした人は、
精神的に不安定になりがちだ。担当の大西秀樹教授
は、男性の相談者が少ないことを気にかけている。
 自死は長く「個人的な問題」とされてきた。
NPO法人「ライフリンク」は現代日本の自死の多くは
「社会的に追い詰められた末の死」、しかし適切な
対策があれば「避けることのできる死」と見ている。
 芸人であれ会社員であれ、本当につらいときは
弱音を吐ける。そんな柔らかい雰囲気
を醸成することこそ、この国には必要だと考える。

写真 lovefreePhoto  
タグ :自殺防止


Posted by 伝兵衛 at 12:42Comments(0)こころのケア

2013年05月27日

「罪を犯した人を排除しないイタリアの挑戦」浜井浩一

現代人文社から、1890円。
サンデー毎日の書評2013年5月26日号から抜粋。
高齢者や知的障がい者の受刑者が増えている。
出所しても 行き場がなく、更生支援もなかったために 
微罪をくりかえしては 刑務所に戻ってくる。累犯者は
刑が重くなるので 空きビール瓶を取って 換金した
だけで 実刑となり、服役している高齢の知的障がい者
もいる。
法曹や多くの日本人にとって 刑罰の目的は 応報で
あり、威嚇です。しかし国際的な実証研究をみれば、
厳罰や長期拘禁に抑止効果がないことは 明らかです。
...刑務所や少年院で長年 勤めてきて、入所前に 
幸福だった受刑者など見たことがありません。犯罪は
モラルではなく、社会の問題であり、受刑者を社会に
復帰させる更生支援こそが 問題解決なのです。
刑罰の目的は 更生にあると明確に規定されている
社会を象徴する試みが 受刑者や障がい者、依存症者など 
困難を抱える人たちに 教育や労働機会を与える 
公益法人だ。その代表格の「パウザカフェ」では 
高品質のコーヒーを焙煎する。さらにビールまで製造する。
社会的弱者ほど 犯罪者になりやすく刑が重くなる
現実を 仕組みから変えることが必要です。
 
写真 by SACHI  


Posted by 伝兵衛 at 13:50Comments(0)刑務所

2013年05月26日

ヒロポン(クリスタルメス)75年の歴史と現状(下の二)

上記の製造手引書に基づく「実験室」は増えている。
アメリカのDEA(薬物捜査局)によると 2009年に
「メタ製造台所」は7530あった。2010年には 11000に
増えている。アイオワ州だけで 2000の製造所が
見つかった。
メスは 嗅いだり、吸ったり、食べたり、注射したり
して摂取される。
戦闘中の兵士が取った量の 千倍の量を 依存症者は
摂取する。その副作用は恐ろしい。免疫システムを弱める。
だから 皮膚に湿疹ができ、髪は抜け、歯も抜け、粘膜は
炎症を起こす。依存症者は 痩せこけ、腎臓・胃・心臓に
障害をもつ。
「使用前・使用後の写真」が示すように 生きる屍のようになる。
このような致命的な副作用にも かかわらず メスは
魅力を失っていない。
アメリカの「薬物濫用研究所(NIDA)」は アメリカで 
一度でもメスをやった人は 1300万人にのぼると 
推定している。
(おしまい)
下記サイトから:
http://einestages.spiegel.de/s/tb/28487/von-pervitin-bis-breaking-bad-die-karriere-der-droge-crystal-meth.html

写真 lovefreePhoto


  


Posted by 伝兵衛 at 12:52Comments(0)薬物依存症

2013年05月25日

ヒロポン(クリスタルメス)75年の歴史と現状(下の一)

戦後も この薬は 闇市場で、あるいは処方薬として 
容易に入手できた。医師は これを食欲を抑える薬と
して あるいは 鬱の際に 気分を晴れさせる薬として 
処方した。学生は 試験前に夜通し勉強するために 
これを飲んだ。
多くのスポーツ選手は これで痛みを抑え、同時に 
能力と耐久力を伸ばした。ボクサーのヨゼフ・ユップ・
エルツェは 1968年にノックアウトされて そのまま死んだ。
彼は 頭を150回 殴られて 倒れた。この薬を飲んで
いなかったら、もっと早く倒れて 死ななくて済んだだろう。
しかし この事件の後も 市場にメタンフェタミンは流通した。
これを開発した製薬会社 Temmbr-Werke は60年台に 
東独と西独の軍に これを供給した。やっと70年台に
なって、西独の軍は この薬をやめた。東独の軍は 
1988年にこの薬を禁止した。
アメリカでは メタンフェタミンは副次的な現象に留まって
いた。しかし 70年台の後期から ヘルズエンジェルスの
ような オートバイ乗りのグループが クリスタルメスを
収入源として認識するようになり、麻薬合成所を大規模に
造り始めた。彼らの市場は 西海岸だったので 問題も
西海岸に限られていた。
1980年台中頃に 化学者 Steven Preisler (筆名を
アンクル・フェスター)が「メタンフェタミン製造の秘密」と
いう案内書を出版した。原料は すべて合法のものであり、
主成分は 咳止め薬から 単純な化学反応により 抽出
され、これを 効果を増強する液体に混ぜる。製造の場は 
アパート・無人の山小屋・ホテルの一室などだった。
(続く)
下記サイトから:
http://einestages.spiegel.de/s/tb/28487/von-pervitin-bis-breaking-bad-die-karriere-der-droge-crystal-meth.html

写真 lovefreePhoto


  


Posted by 伝兵衛 at 15:43Comments(0)薬物依存症

2013年05月24日

クリスタルメス(ヒロポン)の歴史と現状(中)

ドイツでも クリスタルメスは広がりつつある。去年の
麻薬報告書によると 以前と比べ、初めてメスをした人は
増えている。1990年台の中頃から メスは広がった。
その大半はチェコから密輸される。メスは 最初に
ドイツから人気が出た。
1938年にベルリンの会社が メタンフェタミンの製剤
Pervitin を発売した。軍の生理学者で軍医だった
Otto Ranke は 疲れたパイロットを元気づけ、軍全体を
多幸感で満たす効用を この薬がもっていることに
気づいた。理想の戦闘用麻薬だった。
1939年に この医師は 大学生について メスの効果を
調べたところ、学生が睡眠不足にも かかわらず 
大変な成績を収めたことを知った。
その後、ドイツ軍は この錠剤を前線にいる兵士に送った。
しかし 多くの兵士にとって この奇跡の薬は 後に
悪夢になった。
兵士が「戦車チョコレート」と名付けた この薬は兵士を
惹きつけ、体に 長期に渡って効果があった。兵士は 
すぐに依存症になった。これをやると、汗が吹き出たり、
めまいが起きたり、鬱になったり、病的妄想がでたりした。
心不全で死ぬ兵士や 異常な精神状態になって 銃を
自分に向けて発射し 死ぬ兵士もでた。
この薬の副作用を疑った医師もいたため、軍医の長が 
その使用を制限しようとしたが、受け入れられなかった。
(続く)
下記サイトから:
http://einestages.spiegel.de/s/tb/28487/von-pervitin-bis-breaking-bad-die-karriere-der-droge-crystal-meth.html

写真 lovefreePhoto


  


Posted by 伝兵衛 at 20:56Comments(0)薬物依存症

2013年05月23日

クリスタルメス(ヒロポン)の歴史と現状(上)

下記サイトに写真15枚。
その top page の写真は1940年ころの疲れ果てた兵士。彼らは
メタアンフェタミンで疲れを無くし、眠らないようにしていた。当時、
その商品名は Pervitinと言い、今はクリスタルメス、パーティ
ドラッグ,デザイナー麻薬 等と呼ばれる(日本では ヒロポンと
言う名だった)。
戦闘のために若い兵士の気分を高揚させるのに この薬は
理想的だということに軍医は気づいた。この薬の開発の
一年後に ドイツ軍は 兵士にこれを配った。副作用を
考えないで。
Pervitinが発売されたのは1938年。そして戦後にアメリカで
復活した。
Pervitinはコーヒーの何倍もの効き目があった。すべての
心配事が消え、二三時間は 本当に幸せでいられた。
作家ハインリッヒ・ベル Heinrich Boell は 兵役について
いた時に 前線から 古里の家族に Pervitinを送って
欲しいと手紙を書いている。(写真4は 1943年 兵士
だった頃のベル)。
この薬が 今 クルスタルメスと呼ばれる不法薬物である。
(続く)
http://einestages.spiegel.de/s/tb/28487/von-pervitin-bis-breaking-bad-die-karriere-der-droge-crystal-meth.html




  


Posted by 伝兵衛 at 09:03Comments(0)薬物依存症

2013年05月21日

抱擁したまま亡くなった二人・バングラデシュの工場崩壊(下)

2013年4月24日に工場が崩壊し、1100人以上が亡くなった。
腰まで瓦礫に埋まった二人は 死んでも抱き合っていた。
下記サイトに写真:
http://www.spiegel.de/panorama/gebaeudeeinsturz-in-bangladesch-ein-bild-geht-um-die-welt-a-900487.html
私はメディアのために写真を撮るのでは ない。不条理な
状況に注目してもらうために写真を使うのだ。
この写真をフェースブックに載せたら、それを見た人々が
他の人に伝えた。一人の編集者がフェースブックを見て、
電話してきた。
私達は バングラデシュ製の衣類をボイコットしようと
言うのではない。縫製工場を閉鎖しようと言うているの
ではない。私達は産業化に賛成だ。ただ 安全基準と
労働条件を より良いものにすることを望む。女性労働者
の月収は40ユーロだ。これでは 生き延びられない。
これは バングラデシュだけの問題ではなく、国際的な
問題だ。西側の繊維業界は 安すぎる値段で バン
グラデシュの製品を買っている。彼らは労働条件や安全性を
考慮しない。工場主も バングラデシュ政府も 
海外の買手も 同じように無責任だ。
私は 5年前から 写真で そのことを訴えている。
  


Posted by 伝兵衛 at 07:59Comments(0)

2013年05月20日

抱擁したまま亡くなった二人・バングラデシュの工場崩壊(上)

(これは薬物依存症と無関係です)
2013年4月24日に工場が崩壊し、1100人以上が亡くなった。
腰まで瓦礫に埋まった二人は 死んでも抱き合っていた。
下記サイトに写真:
http://www.spiegel.de/panorama/gebaeudeeinsturz-in-bangladesch-ein-bild-geht-um-die-welt-a-900487.html
この写真の伝えることは:
私達は この工場で働いて、あなた方の服を作っている
人間であって、機械ではない。顔のない労働者ではない。
番号で呼ばれるものではない。
以下 写真家 Taslima Akhterへのインタビュー:
4月24日の朝に崩壊の知らせを聞き、現場へ向かった。
何時間もの間、被災者を助けようと努力し、写真を撮った。
翌朝2時に この二人を見つけた。
事故のあと3週間半たった時点でも この二人が 誰だか
分からない。
女性労働者の多くは 地方から来ている。身内は 彼女
たちが どこで働いているのかも知らない。ひょっとしたら 
家族は 数カ月後に あるいは 数年後に なぜ娘や
姉妹から 便りがないのかと思うだろう。
死んだ二人を晒し者にするのか という非難は 承知して
いるが、世界中の人はこの悲しみ・苦しみを見るべきだ。
見せてほしくないとは 何という残酷なことか。
私は 写真ジャーナリストではないので、写真で金を稼ぐ
気はない。この写真で得た金は 縫製工員を支援する
ために使う。
(つづく)
  


Posted by 伝兵衛 at 13:51Comments(0)

2013年05月19日

ギャンブル依存症の治療(下)

ギャンブルの場に執着し続けるとなると、これは病的ゲームの
方向へ転換しつつあると言える。このような危険なギャンブルの
場は ドイツに67000ある。賭金を失うだけでなく、追加出資
義務を負うこともある。(ブログ管理人の言い訳:「ギャンブルの場」
というより「株の投機の場」では ないかと思う)。
ウィーンの心理療法士 Monika Spiegel は仕事依存症・
薬物依存症・ギャンブル依存症に苦しむ人を多く 世話した。
嗜癖(しへき)は 一つの徴候に過ぎない。その陰には 常に
人格障害が隠れている。たいていは 自己陶酔的人格
障害である。嗜癖の下層に 劣等感が隠れている。劣等感は 
子どもの頃のトラウマや暖かい愛情(慈しみ)の不足によって 
刻み込まれる。
この空白・欠落は 埋められねば ならない。自己価値観障害は 
しばしば 威張りちらしたり、誇大妄想になったりして、
埋め合わせられる。
大半のギャンブル依存症者は やめられない。2~4回も 
止める試みをする人もある。外からの圧力があって、
初めて 自分の問題を理解するようになることも 
しばしば ある。
すなわち 離婚しそうになったり、失業しそうになったり、
破産が迫ってきたりした時に 我に返る。
治療は 長期に渡る。自己陶酔的障害が 根本にある
嗜癖は 治らないと言う意見が一般的である。
ニコチン依存症者は 20年 禁煙し、一本 吸った途端に 
前と同じ依存症になることもある。
過度なギャンブル嗜癖も ニコチン依存に似ている。
ギャンブル依存症者も 自分の病気を どのように扱って、
満足できる生活に戻れるかを 学習することができる。しかし 
ギャンブル依存症者は 再発の危険を一生 意識して
いなければ ならない。
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/wirtschaft/therapien-fuer-spielsuechtige-zocken-ist-im-grunde-nicht-heilbar-1.1664949-2

写真 by SACHI  


Posted by 伝兵衛 at 12:11Comments(0)ギャンブル依存

2013年05月18日

公衆トイレinスイスの山(写真集)

(和歌山ダルクの裏の秋葉山公園の上にも 公衆便所は 
あります。安心して登ってください。バキュームカーが登る
道もあります。ついでながら 津波のときは ダルクの
東南東30メーターの登り口から 登って逃げる。)

下記サイトの写真15枚は スイスの山岳地帯にある 
石積みの優雅な外観のトイレやトタン板のトイレ。
いずれにせよ背景の風景が 素晴らしい。
スイスの山岳写真家 Marco Volkenは15年の間に 
百以上の公衆便所の写真を写した。
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/39961/Dem-Himmel-so-nah
高い山の中なので たいてい下水道はない。バキュームカーも
行けない。新しいモデルでは 貯便槽があり、ヘリコプターで
搬出する仕組みだ。最新式のは 微生物利用の乾式トイレで
ある。(古い型のは 垂れ流し?? 高野山では 昔は川に
流していた。スイスのこの写真にあるトイレは どこも川の
上では ない)。
トイレを使った後になって 水もトイレットペーパーもない
ことに 気づく。

写真1. このトイレは 山小屋の閉まっている冬季だけ使える。
写真6. このトイレは 犬のことも考えて トイレの正面に
犬ウンチ袋を取り出せる容器が付けられている。

  


Posted by 伝兵衛 at 09:11Comments(0)

2013年05月17日

ギャンブル依存症の治療(上)

病的にギャンブルをする人は ドイツに185000人
いると推定される。
Uli Hoeness(バイエルン州 大統領)は バイエルンの
ギャンブル嗜癖(しへき)のためのセンターの代表者だ。
センターは州内に14カ所の施設をもつ。施設は 相談を
うけ、治療できる所を紹介する。
彼は 2002年から2006年まで ギャンブルをしていた。
(ブログ管理人の言い訳:ドイツにパチンコはないから
どうも 彼は株で投機をしていたのでないか?)
夜も昼も。今 思えば理解しにくい金額を賭けていた。
ギャンブル依存であるかどうか確定するための十の徴候を 
書いたものを 職場の人が見せてくれたのは 博打に
明け暮れていた時だった。たとえば やりたいと言う疼きを
満たすために 賭金を増やさないと気が済まない。損を 
何がなんでも取り戻したくなる。悪魔の声を振り払う
ために また賭ける。
この十の徴候のうち五つにあたる人は 病的ギャンブラー
とされる。このうち2~4にあたる人は 行動に問題があり、
ドイツで238000人いると推定される。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/wirtschaft/therapien-fuer-spielsuechtige-zocken-ist-im-grunde-nicht-heilbar-1.1664949

写真 by SACHI  


Posted by 伝兵衛 at 17:33Comments(0)ギャンブル依存

2013年05月16日

「アルコール依存症治療ナビ」開設

日本新薬は5月15日、アルコール依存症に関する
情報サイトを開設した。
http://alcoholic-navi.jp/
専門医の意見や断酒に成功した人の体験談などを
紹介し、患者や家族が正しい知識を持てるようにする。
6月には 全国の専門医療機関の検索機能が
加わる。
日本新薬は5月中にアルコール依存症患者が
断酒しやすくなる効果を持つ新薬を発売する予定。
以上、日本経済新聞2013年5月16日から抜粋。
  


Posted by 伝兵衛 at 13:05Comments(0)アルコール依存

2013年05月15日

エイミー・ワインハウスの新しい伝記

下記サイトに写真11枚:
http://www.bild.de/unterhaltung/leute/amy-winehouse/wollte-sich-mit-zehn-jahren-umbringen-30359578.bild.html
27歳で亡くなったエイミーは 声については天賦の
才で有名だったが、麻薬と酒のやり過ぎでも有名だった。
”Amy Winehouse: the untold story" という伝記が
英国で出版された。著者はChloe Govan.
それによると エイミーは10歳のときに自殺しようとした。
その理由は両親の別離にあるようだ。その1年前に 
彼女の父は 別の女のところへ去った。父との間の
緊張した関係は 幾年もの間、彼女を苦しめた。
両親の離婚は 彼女を破滅させ、薬物依存症を
引き起こした。しかし 彼女の友人たちは 彼女が
死を渇望していたという説に反対している。

  
タグ :イギリス


Posted by 伝兵衛 at 09:38Comments(0)薬物依存症体験談

2013年05月13日

カストロの娘、ゲイの権利デモの先頭に

5月13日(土)にキューバの大統領ラウル・カストロの娘 
マリエラ・カストロ(50歳)は同性愛者への差別に反対
するデモに参加した。しかし 他の点では 政権に
忠実である。
首都ハバナでのデモの参加者は約500人。
マリエラ(国立性教育センター所長)は キューバ社会
での 自由な対話と偏見への闘いを求めた。家族の
権利は変わらなければならないし、同性のカップルが
認められるべきだと述べた。
今なおキューバでは 同性愛者への偏見は強い。
ラウル・カストロが兄のフィデルから権力を譲られて
から、この共産主義政権は 慎重な改革を行なっている。
下記サイトから:
http://www.spiegel.de/politik/ausland/kuba-castro-tochter-demonstriert-fuer-schwulenrechte-a-899304.html
  
タグ :中南米


Posted by 伝兵衛 at 07:54Comments(0)性少数派

2013年05月11日

リンゼイ・ローハン(26歳)とのインタビュー(下の四、最後)

今 プロデューサーと付き合ったいるが 付き合いに今は
関心がない。あと1年間は仕事をして、落ち着いて、
それから 子どもと夫を持ちたい。
人生で最悪だった時は 刑務所に入る日、母の顔を見ないと
いけなくなった日だった。刑務所に12日間いた。四日間 
泣き通した。
これから 三ヶ月 リハビリセンターに入院して 気持ちを
整理する。ニューヨークに居ることは 私にとって良い
ことだ。家族と一緒にいて、歩きまわって、生活を楽しめる。
(おしまい)
2013年5月11日現在 このインタビュー記事へのコメントは261件。
下記サイトから:
http://www.dailymail.co.uk/home/event/article-2318388/Lindsay-Lohan-interview-Piers-Morgan-Seeing-Mums-face-I-turned-jail-worst-moment-life.html
★ブログ管理人のコメント:
「薬物をやめて 高齢者介護を勉強し、介護の仕事に就く」と
本人も 他の人も実現可能だと思っていないことを ただ
言うだけ よりは、リンゼイさんのように答えることは
(身勝手とは思われても)いい事だと思う。 
  
タグ :アメリカ


Posted by 伝兵衛 at 08:10Comments(0)薬物依存症体験談

2013年05月10日

リンゼイ・ローハン(26歳)とのインタビュー(下の三)

以前、大酒飲みだった時は ウォトカ・ソーダかウォトカ・
レッドブルを飲んだ。しかしレッドブルを飲むと 一晩中 
寝られないし、動悸はするしで もう止めた。
(インタビューする人が「今までの話しが 本当なら、いつも
読んで知っている麻薬常用者のイメージとまったく違う」
というのに答えて:)
今まで麻薬常用者だったことは ないし、これからも 
そんなことは ない。
ただ 友達と夜 遅くまで クラブで音楽を聞くのが 
好きなだけだ。26歳の女の子にとって それは 
普通のことだ。
毎日 飲んでいるわけでない。2008年に医師処方薬を
飲み過ぎて死んだ Heath Ledger が大酒は 止めよと
言うてくれた。それで 大酒は止めた。仕事に専念したい。
しかし 裁判官さえ 私がいつも酒を飲んでいると言う
うわさを 信じている。
ハリウッドでは Meryl Streep が親切にしてくれた。演技に
ついて 助言してくれた。母のところへ しばらく戻る必要が
あるとも 言うてくれた。
しかし裁判所の保護観察処分の条件のために カリフォル
ニアを離れられなかった。最悪の場所に いることになった。
ジェイミー・リー・カーティスも親切にしてくれて、良い助言を
聞き入れた方がいいし、取り巻きを遠ざけた方がいいと言うてくれた。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.dailymail.co.uk/home/event/article-2318388/Lindsay-Lohan-interview-Piers-Morgan-Seeing-Mums-face-I-turned-jail-worst-moment-life.html

写真 by SACHI  


Posted by 伝兵衛 at 17:12Comments(0)薬物依存症体験談

2013年05月09日

リンゼイ・ローハン(26歳)とのインタビュー(下の二)

裁判所の命令でなく、自分の意思で リハビリセンターに
入院したことは一度ある。毎日 外出して、夜はセンターに
泊まりに戻っていた。お抱えの心理療法士に泊まりこんで
もらっているような感じだった。センターでAA(アルコール
依存症者匿名会)の集会にでていた。AAは 本当に 
役に立った。
AAの集会には行っていたけれど、アルコール依存症では
ないと思う。若かった頃(今26歳)飲み過ぎた。
飲酒運転で2回 逮捕された。あれは まったく無責任な
ことをしたと思う。皆、私のことを 狂った薬物依存症者だ
と思っている。時間は守らないし、行儀も悪いと思われて
いるが そうではない。ただタイミングが悪いだけだ。
私の性的あり方・性的関心について言うと、男は好きだ
、しかし両性愛というわけでもない。サマンサ・ロンソンと
一緒にいた時は 離れたくなかった。自分では 異性愛者
だと思っている。以前は 女の子と関係があったが、
それは 経験するのが 必要だったからだと思う。
最後にマリフアナを吸ったのは おそらく一年前だった。
けれど 常用しているのではないし、多く吸うこともない。
ADD(注意欠陥障害)をもっているから じっとして居られ
ない。それで Adderallという医師処方薬を飲んでいる。
これを飲むと落ち着く。旅にでて 時差ボケで寝られ
ない時は Trazodoneという精神安定剤を飲む。それも少しだけ。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.dailymail.co.uk/home/event/article-2318388/Lindsay-Lohan-interview-Piers-Morgan-Seeing-Mums-face-I-turned-jail-worst-moment-life.html

写真 by SACHI  


Posted by 伝兵衛 at 18:28Comments(0)薬物依存症体験談

2013年05月08日

リンゼイ・ローハン(26歳)とのインタビュー(下の一)

父が大酒飲みで、薬物をやり、女を追い回しているのを 
見るのは 娘として辛かった。一番 狼狽したことは 私と
母との言い争いについて 父に言ったことを 録音された
ことだった。父は それをメディアに渡した。そのお陰で 
私と母との関係について 本当でない考えが 広まって
しまった。
父は不安定だから 心理療法士の面接をうける必要が
ある。父は一度だけ リハビリをうけに入院したが、追い
出された。私は 追い出されたことなど 一度もない。
今まで 私は大酒飲みだったことはない。朝おきて すぐ 
飲み始める程の酒飲みではない。大酒飲みでなく、
薬物も派手に するわけでもないのに、なぜ リハビリに
入院するかという理由は 説明しにくい。三ヶ月の間、
ひと様から離れるのは 悪くないということだ。
今までに6回 裁判所の命令でリハビリに入院した。
私をリハビリに送り続けるのは 意味がない。
まもなく また入院するが、退院したら 仕事に専念する。
しかし リハビリセンターに行くのでなくて、外国へ送り
出してくれて 外国で子どもと何かするように 
裁判所が命令してくれるのが 一番いいと思う。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.dailymail.co.uk/home/event/article-2318388/Lindsay-Lohan-interview-Piers-Morgan-Seeing-Mums-face-I-turned-jail-worst-moment-life.html

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Posted by 伝兵衛 at 18:42Comments(0)薬物依存症体験談

2013年05月07日

リンゼイ・ローハン(26歳)とのインタビュー(中)

父親はコカインを止めようと しなかった。
妹アリ(19歳)、弟マイケル(25歳)、弟ダッタ(16歳)は
父を怖がった。母と弟妹が無事にいられるようにすると
言うのが 私の最初の衝動だった。
父は私に暴力を振るわなかったが 弟の顔に向かって
テレビのリモコンを投げたりした。
こういう環境は憂鬱だった。ゆっくり くつろいで座って
いることは なかった。治療は助かった。13歳のとき 
初めて治療をうけた。母に負担をかけたくなかった
ので 他の人に話したかった。
初めて酒を飲んだのは17歳のときだったが 気分が
悪くなり、高校の間は 二度と飲まなかった。薬も 
その頃は していない。高校のパーティにも行かず 
真面目だった。
十代の終わり頃 ロスアンジェルスに引越しして、
脱線してしまった。酔っぱらい運転で逮捕されたのは 
20歳のときだった。車で事故をおこし、警察が車内で
コカインを見つけた。
コカインをしたのは その時が初めてだった。アホな
ことをした。しかし今までにコカインをしたのは 4~5回
だけだ。コカインは父を思い出させるので 好きでない。
やっても気分が悪くなるだけだ。
ヘロインも したことはない。LSDもしていない。怖いから。
マリフアナとエクスタシーは やったことがある。20歳の
とき 突如、狂いだした。女優から アホなパーティ女に
なってしまった。その頃、誰のことも 信用していなかった。
母はロスアンジェルスを離れて、ニューヨークへ戻る
ように 言い続けた。母の言うことを きいていれば 
よかった。しかし父がニューヨークに居るから 行き
たくなかった。
その頃、父は混乱を起こすので 嫌だった。父は 母の
住む家で 不倫していた。父が女と その家に入るのを 
私は見てしまった。その女との間に 子どもがいると 
いうことは 最近 報道された。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.dailymail.co.uk/home/event/article-2318388/Lindsay-Lohan-interview-Piers-Morgan-Seeing-Mums-face-I-turned-jail-worst-moment-life.html
  


Posted by 伝兵衛 at 18:32Comments(0)薬物依存症体験談

2013年05月06日

リンゼイ・ローハンとのインタビュー(上)

お騒がせタレント リンゼイ・ローハンに ピアス・
モーガンがインタビューした。
確かにリンゼイは例外的で 変わった生活をしていた。
1986年にニューヨークに生まれ、3歳でモデルになり、
19歳までにハリウッドで大金を稼ぐようになった。
その後、ハチャメチャになった。飲酒運転とコカイン
濫用で 二度 逮捕され、仮釈放の間に違反して 
2週間 刑務所に入った。
色々な治療を受けるために 幾つかのリハビリ
センターにかよった。
そういう履歴のために リンゼイの人生は 連続ドラマ
にもなった。ドラマには 彼女の父マイケルのことも 
扱われた。父はウォール街のトレーダーであり、暴力と
酒と薬物をする人だった。父親は 自分が悪い父だとは 
決して思っていなくて、リンゼイの母 ダイナが悪いと
思っている。母は 元歌手・ダンサーだった。ほとんど 
一人で四人の子どもを育てた。
傷めつけられた生活の中に 正常性を見つけようと 
奮闘する傷つきやすい女性が リンゼイだと インタ
ビューして思った。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.dailymail.co.uk/home/event/article-2318388/Lindsay-Lohan-interview-Piers-Morgan-Seeing-Mums-face-I-turned-jail-worst-moment-life.html

写真 lovefreePhoto  


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