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伝兵衛
伝兵衛
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2007年12月29日

ある乳児院・児童養護施設出身者の生活/社会復帰へ

ビッグイッシュー・社会との「絆」自ら回復

明日へのセーフティネット 第3部
再生の手がかり (4)

産経新聞2007年12月28日

 ホームレスの人たちが販売員と
なって路上で「ビッグイシュー」と
いう雑誌を売る事業がある。社会復帰を自らの
力で成し遂げてもらうことに主眼を置いた
取り組みだ。

 販売員が1冊300円の雑誌を仕入れ、
売れば160円が販売員の収入になる。現在
の一日の平均販売冊数は1人20~25冊。
立ちっぱなしの販売作業は楽ではないが
1日20冊販売すれば、野宿ではなく、屋根の
あるところで眠る目途が立つ。

 彼らが売る「ビッグイシュー日本版」は、
今年9月に発刊4周年を迎えた。国内では
大阪が創刊の地で、12都府県で販売するまでに
なっている。これまで669人が販売者に登録、
58人が再就職するなどして自立している。50歳代
が多いが最近は若い販売員も増えている。

 販売員の石田誠さん(35)の持ち場は、大阪市
都島区の京阪京橋駅だ。
11月のある日、小ぎれいな格好をした40歳前後の
女性が石田さんに近寄り、「私、こんな服を着て、
普通に見えるかもしれないけど、心はぼろぼろ
なのよ」。雑誌の代金300円を払って、
「雑誌はいらない」と言う。
  「とにかく持って帰って読んでください。
それでよかったら、また貿ってください」。石
田さんは押しつけるように雑誌を渡し、送り出した。
  「ここに立っていると本当にいろいろな人と
会います」。毎週のようにおにぎりを差し入れ
てくれる中年女性がいる。「若いのにこんな仕事
ではだめだ」と説教されることもある。サラ
リーマンのほとんどは無関心だ。

 石田さんは、左半身にまひが残る障害を持って
生まれ、生後まもなく名古屋市内の児童養護
施設に預けられた。母親の顔は知らない。15歳
で施設を出て牧場に就職した。その後、誘われ
て就職した帯t製造会社で約10年働いたが、
人間関係に悩み大阪に来た。ビッグイシュー販売
員になるのは2度目。4年前、仕事を紹介されて
一度卒業したが、3年半で戻ってきた。「この仕事
は、ホームレスと普通に働く人の中間。でも雑誌を
売っていれば、働いている、生きているという実感
がある」と話してくれた。

11月19日、石田さんは、貯金と先輩から借りた
1万円を元手に、市内で月3万円のアパートに住み
始め、路上生活から再び 「仮卒業」した。「仕事と
暮らしの拠点の両方があって初めて自立だと思います。
なんでもいいから、次の仕事を見つけたい。苦しく
ても今度はしがみつきたい」。実はいま、好きな人
がいる。

 ロンドンで最初にこの事業を立ち上げたジョン・
バード氏は、その理念を「人々が政府からの援助
を受けるのは、まるで最悪のホテルにチェックイン
するようなものだ。政府の限界は皆に同じように
与えるということ。それによっていくらかの
人々を助けることができるが、ほとんどの人々は
同じ所にとどまるか、より悪い状態におちて
しまう。そして自分に責任を持てない人間
をつくり出す」と説明している。

 ビッグイシュー日本版の佐野章二代表は「雑誌を
売り始めて1週間続けると顔つきが変わる。1ヵ月
で服装が変わる。半年で販売員になる。1年も続く
と他の仕事にも変わっていける。お客さんとのやり
とりで、社会とのつながりを回復する効果は大きい」
と事業の果たす役割を話す。

 大阪・キタの阪神百貨店前、歩道橋を担当する
販売員で元司書の濱田進さん(56)は「いったん
売り場に立った以上、われわれは販売店主なんです。
最初の1冊が売れるまでいつも不安ですが、常連
さんもつくようになって、世間は捨てたもんじゃな
いって思えるようになりました」と語った。

 自立とは、「自らの力で生活を立てているという
『自覚』と『誇り』」。そんな信念に基づくビッグ
イシューの挑戦は、自分自身のなかに「心のセーフティ
ネット」を構築し直してもらうという取り組みと
いえるかもしれない。

  


Posted by 伝兵衛 at 14:52Comments(2)

2007年12月28日

悩める親たちのために/井垣 康弘

君たちのために
      
産経新聞2007年12月26日夕刊から抜粋

田村裕著『ホームレス中学生』のお母さんの子育てを「母親の
普通の愛情」だと説明させてもらった。すると、早速読者(母親)
からお便りをいただいた。

  「紙面を読んでいる最中から涙があふれ、切り抜いて職場の
昼休みにまた読み、一人声を押さえて泣きました。(育てた男
の)子どもがそんなささいなことをうれしく思ってくれている
とは知りませんでした。子どもにはお金を掛けるなど、特別な
ことをしてやらないとダメな親だと思い込んでいましたが、今
まで自分が実際にしてきたことで良かったんや!と自信が持て
ました」

 このお便りは、うれしかった。田村裕少年のお母さんは、
 「子育て」をたっぷり楽しまれた。この読者も、ご自分のこれ
までの「子育て」に自信を持つことで、今後の息子さんとの関
係が豊かなものになり、かつそれが人生の楽しみの1つになる
だろう。

 市民講座で、少年たちによる 「リンチ傷害致死事件」に
ついて、具体的な例をあげて講演したことがある。5人組の
うち4人が傷害致死で刑事・民心の責任を負ったが、1人は
その場から逃げて、何の責任も負わなかった。その子は、険悪
な雰囲気が高まり、今にもリンチが始まろうとしたその瞬間、
「ボク、塾の時間や」とうそを付いて一目散に走り去った。

参加者からの質問は「どうすればそのような機転のきく賢い子どもに
育てることができるのか?」と逃げた子どものことに集中した。
「ごく普通に愛情をそそいで育てたら、子どもは非行に走りませ
ん」と力説したが、全く納得いただけなかった。

 今回、『ホームレス中学生』が出版されたおかげで、親が楽
しんで子育てしておれば、何の心配もいらないことを理解して
いただけたと思う。

 しかし、実際に「悩んでいる親」はたくさんいる。わが子の
 「非行」に悩んだ親たちの自助的活動の中から生まれたNPO
法人に、非行克服支援センターというものがある。ここが、年
3回定期雑誌の発行を始めた (私も編集委員である)。
「ざ ゆーす」 (新科学出版社、840円)といい、書店で
注文もできる。

 創刊号は「子どもの問題と家族」を特集している。その中の
一つに、評論家の芹沢俊介さんという原稿がある。小さい子ど
もが親の側に来て「ねえ」と言ったときに、今していることを
止めて即座に「なあに」と対応すべきである。それをしない
で、「ちょっと待って」と言い、結局そのままになってしま
うことが積み重なると、子どもは「親ないし大人」を信頼しな
くなり、その結果は恐ろしいとのことである。この話は良く分
かる。一読を強くお勤めしたい。
(弁護士)


>>親が楽しんで子育てしておれば、何の心配もいらないことを理解して
いただけたと思う。<<
と おっしゃいますが、そう うまくは いかない こともある。  


Posted by 伝兵衛 at 14:28Comments(0)

2007年12月24日

鑑別所に入った人が行ける高校

鑑別所に入った人が行ける高校が あるやろか?
と訊かれました。
鑑別所に入るまで どんなだったかが 問題なのだろうと 思います。
どこへ相談にいくかと 言うと 児童相談所か市立少年センター
でしょうか。
鑑別所に入っていたとしても 非行グループと縁が切れていたら
高校へ いけると思います。通信制高校もあるし、昼間の定時制も
あります。しかし、グループと縁が切れることは むつかしいです。

うちの子のグループの 8割くらいは 高校に入った年に
中退しました。定員に満たない高校は いくつもあります。
非行の子は そういう高校に入ります。中学は 行かなくても 
卒業でき、授業中寝ていても 誰も注意しないですが、
高校は そうは いかないから 中退します。

うちの子の所属した非行グループの管理職の一人は
中学をでた年の秋に 中学生を指揮して 大きい事件を
起こし、鑑別所に入りました。彼は 校区の中学へ行かず
うちの子の校区で 夜通し遊び うちの家に 夜中に何度か2階の窓
から 入ってきました。中学へ行ってないので 中学の生徒指導係りの
先生も 何もできず、よほどの悪いことをしない限り 児童相談所も
何にも できず そのうち おそらく授業に出た事も無いのに
中学は卒業になり これでは 事件を起こすのを 待っているような
ものだと 思っていたら 大事件をおこしました。せめてものことに
人命に係わるまでに ならなかったです。

どうにも ならない状態まで 放っておくのが
普通のようです。はた迷惑 この上ないし、荒れる本人にも 
気の毒だけれど、警察も児童相談所も 人手不足ですから。
  


Posted by 伝兵衛 at 13:38Comments(0)

2007年12月24日

保育所の改善・安心して生きられるという気持ちをもてるように

ドイツ精神分析学学会は 保育所の改善に鑑みて 生後3年間の親子関係の
もつ重要性を確認した。
子どもを別の保育所へ預け替えしたり、別の保育ママに預け替え
したりすると、子どもは変更の度ごとに 絆の喪失を感じる。

家庭以外の養育は 保育所であれ、保育ママであれ、子どもに
とって「家庭をいうまとまり」の一部として 認められるものである
場合にだけ、家庭以外の養育は 子どもの発達を豊にする。

子どもが絆をつくる能力は 子どもの「自分の価値を認める感情」
の基礎になり、困難に耐えられる関係をつくる能力の基礎になる。

感情や認知の発達も 幼児期の人間関係の安定性によって促進される。

幼児期に親から突然 離されたり、あるいは 親から長い間 
離れたりすると、子どもは 安心して生きていけるという気持ちを
無くしてしまう。なぜなら 子どもの言語理解と時間の理解は 
錯乱状態や不安を 説明によって 和らげられる程には 
充分に発達していないからでもある。

親から離されることによって、子どもの魂が過大な負担に
曝されるということは 絶望して泣いたり、叫び続けたり、
その後では 諦めて黙り込んでしまったり、睡眠障害や
栄養障害を起こしたり することに 示される。
このような子どもの魂への負担が 魂の中での破滅に
至らないようにするには、特別の心遣いと理解が求められる。

親と離れたことに抗議しない「世話にやすい子ども」には
特別の注意が必要である。というのは、そういう子どもの
魂の負担は 時には 気づかれないからである。

子どもは家庭の中で 良い長続きする人間関係を持ってきた
場合に 家庭外での養育から利益を得る。家庭の中で
子どもと一緒に居て 能力以上の要求をされていると 
感じる親や 孤立感を持ったりする親は 支えや 周りの人
からの評価が 必要である。

子どもが一歳のときに あるいは 一歳半のときに 二歳
のときに 家庭外養育を受けたかどうかが、そして 一日に
何時間 家庭外養育を受けたか ということが 発達心理学的
に見て 決定的に重要である。
親と離れている一日当たりの時間が 長くなれば成るほど 
子どもの体内で ストレス ホルモン・コリティゾルがより多くなる。
一日中 家庭外で養育されることは 後々 学校へ入った時に 
攻撃的行動をとること との間に 関連がある。これは 
上記のホルモン説で説明される。

子どもが幼ければ 幼い程、子どもの言語・時間能力が
少なければ少ない程、親の世話する時間が短ければ 
短い程、一日当たり保育所に居る時間が 長ければ長い程、
保育所の規模が大きければ 大きい程、保育所で世話する
人が変わりやすい程、精神的健康への危険は深刻になる。

親は子どもを一番よく知っていて、直感的に子どもの保育所の
質を把握できるが、職場へ母親を早く戻そうという 政治的要求が 
直感的な知識をぐらつかせ、「正しい」女性像を求める
イデオロギーに基づく不必要な競争を煽る。
下記サイトから:
http://www.faz.net/s/Rub268AB64801534CF288DF93BB89F2D797/Doc~EB46F144A79C1419C8522C206EA11A628~ATpl~Ecommon~Scontent.html

★ 同じカキコミが別のblogにあるのは 管理人が同じだからです。

「ストレス ホルモンが 増えると 攻撃的行動をとるようになる」
という記述があったので 転載しました。
非行グループの人の多くは 攻撃的です。盗みも 攻撃的行動
なのかどうか 分かりませんが。
  


Posted by 伝兵衛 at 10:38Comments(0)中欧事情

2007年12月21日

転職得てアトピーまで治る/井垣康弘

君たちのために  井垣康弘

産経新聞2007年12月19日 から抜粋

 16歳の高校生の少年。3歳上の姉は、利発で勉強も良くでき
美しく、常に褒められ、かわいがられて育った。今は芸術系の
大学生である。
 それと対照的に、少年は、小学校の低学年から勉強嫌いなっ
え、高学年になるとアトピー性皮膚炎の症状が出始め、どうし
ても治らない。甘やかされているうちに地域の不良仲間と結び
つき、中学生になると、一人前のワルに育っていった。

高校1年生になってから窃盗などで逮捕され、少年鑑別所に入り、
家庭裁判所に送られて保護観察の決定を受けた。

 鑑別所の検査で、知的能力がやや低めで、勉強が好きに
なれのは仕方がないと分かっそれでは不良交友を絶たせ
るしかないと、親の決断で10キロ以上離れた隣の市に
家族全員で引っ越した。全日制の高校も退学させ、
通信制の高校へ移らせた。

 しかし、本人は不良仲聞への未練が強烈で、親の目を
盗んで毎晩のように遊びに行き、そしてすぐに窃盗などで
逮捕され、また家庭裁判所に送られて鑑別所に入った。

  審判で、少年を試験観察に付した。自宅から100キロ
ほど先の工務店(従業員20入ほどの総合建築会社だが、
宮大工も手がけ繁盛していた)に補導委託に出した
(1日4500円ぐらいの委託費を支給する)。幸いな
ことに、少年は、ここで「天職」を見つけた。「これだ
! ボクは大工になりたい!そうだ! ボクは大工になりた
かったのだ! とうとう人生の目標を見つけた!」と。
そして毎日、汗水垂らして大工見習いの仕事にいそしん
でいる間に、不思議なことに重症のアトピーがほとんど
治ってしまった。

 最終審判の席で、工務店の社長は「うちで大工見習い
として雇ってあげますよ」と言ってくれたが、本人は
「不良仲間と本当に縁を切った姿を見せて、親を心から
安心させたい。親元から通える大工見習いの仕事はな
いでしょうか?」と心許なげ。
 「いくら探しても、大工見習いの仕事が見つからない
のです」と付添人弁護士と両親は嘆く。

 そこで裁判官がふと工務店の社長の方を見ると、「うちで探
しましょうか?」と言ってくれた。審判は、保護観察継続で終了した。
それにしても、5年続いたひどいアトピーがわずか4月ですっきり
と良くなるとは驚いた。      (弁護士)  


Posted by 伝兵衛 at 13:22Comments(0)

2007年12月13日

父との関係改善で更生/井垣 康弘 

君たちのために
2007年12月12日 産経新聞 夕刊

私立高1年の男子生徒がバイクを運転していた男性を集団で
襲い、3週間のケガを負わせてバイクを奪ったオヤジ狩り事
件。少年は中学生のころから万引などを重ね、保護観察になっ
て保護司の指導を受け始めて、まだ1ヵ月しかたたない。

 今回、少年鑑別所の意見は「少年院送致」。理由は「著し
い資質上の偏りがなく、就学意志が強いなど健全な構えはある
が、これまでのすべての非行が、父親に対する不満・不快感
を発散させる目的で行われてきている。その分、自分自身が
抱える問題に対する反省の意識が乏しい。この際、少年院で
矯正教育を受けさせないと」とのこと。

 一方、学校の男性担任教師は「この子はまだ退学させるのは
惜しい」との意向で、鑑別所に面会に通ってくれている。さら
に保護観察所は「保護司との関係が良さそうで、引き続き面倒
を見たい」と意見が分かれた。

 建築関係の自営業を営む父親は、少年が小学校4年生のこ
ろ、突然女性(現在の妻)のもとへ走った。別居状態だが、
少年や大学生の兄、無職の母の生活費は届け、交流もある。
しかし少年に言わせれば、「自分勝手なことをしたくせに
口うるさく、父親面して一人前に説教だけはする」と
不満たらたらである。

 神戸家裁は、そのころ恒例の「父子キャンプ」を企画
していた。・男性の調査官は、もし父親が都合を付けるな
ら、それに参加させる試験観察を行いたいとの意見。
私は審判に来ていた父親に、「千載 一遇のチャンスです。
万難を排して、親子キャンプに参加してください」と促した。
父親は「分かりました。仕事の調整はします」と言い切
り、少年と父親のキャンプ参加が実現した。

 他の何組かの父子も一緒で、調査官や学生ボランティアも加
わる2泊3日の高原キャンプが行われた(私は毎年このキャン
プに、掃除担当か何かの肩書で参加させてほしいと頼むが、裁
判官とバレたらキャンプが台無しになると調査官が強硬に反対
し、実現しなかった。調査官の 「専門ばか」であろう)。

 少年にキャンプの感想を聞くと「3日間、他の子や父親と一
緒に遊んでいる間に、うちのお父さんとも仲良くなりました。
うれしかったです」とのこと。
目付き顔付きがまろやかになっていて、私もしんみりした。

 保護観察のことを聞くと「土曜日の午前11時に保護司宅へ行
く。60歳過ぎの人だが、最近ハーモニカの練習を始めて、合唱
団にも行くらしい。奥さんが手作りの食べ物を出してくれ、一
緒に3人で1時間半くらいおしゃべりする。楽しい」とのこ
と。母親の話では「保護司と会ってきた日は、夜寝るまでホン
ワカとした平和な風情でいる。最近大人の男性に向けるまなざ
しが優しくなってきているように思う」とのこと。再度の保護
観察決定で審判を終了させた。
          (弁護士)
  


Posted by 伝兵衛 at 14:09Comments(0)

2007年12月11日

非行克服支援センター定期誌創刊

非行克服支援センターでは、かねてからの懸案だった
定期誌(年3回刊)『ざゆーす』創刊号を刊行しました。

芹沢俊介さん、小柳惠子さん、能重真作さん、まさきしんじろうさん、
小笠原彩子弁護士などなど、20人の豪華執筆陣。
親の体験は「わが家の10年戦争から」。
大変内容の濃いものです。

お読みくださって、ぜひ、ご意見や、ご投稿をお寄せください。

一冊、税込で840円、送料1冊120円です。
定期購読がお勧めです。
まずはご一報ください!

非行克服支援センター
169-0073
東京都新宿区百人町1-17-14コーポババ21
Tel 03-5348-6996
Fax 03-5337-7912
E-mail npo-ojd@cocoa.ocn.ne.jp
Homepage http://ojd.npgo.jp/

★以上 非行と向き合う親の会の 全国ネットから
メーリングリストへ 配送されたものを 貼り付けました。
うちの会員で このblogを 見ている人は 少ない
(会員も 少ない)ので これは 会員への 伝言と言うより
世間一般への 広報です。
  


Posted by 伝兵衛 at 15:46Comments(0)

2007年12月06日

被害者からの手紙に涙 井垣康弘

君たちのために 井垣康弘

産経新聞 夕刊 2007年12月5日

被害者からの手紙に涙 

関東の全寮制の進学高の2年生。悪友に誘われ、「オヤジ狩
り」と「ひったくり」に1回ずつ加担した。半年後に逮捕、
実家に近い神戸少年鑑別所へ移され、私が審判した。

 付添人弁護士は鑑別所の中から両被害者におわびの手紙を
送らせた。末尾には「ボクは被害者の方々のために何が
できるでしょうか。教えてください」と書かれていた。

 まず「オヤジ狩り」の被害者から返事がきた。30代半ば
の会社員である。
  「暗い夜道で背後からいきなり襲われ、顔もまったく
覚えておらず、犯人が捕まることはあるまいと思っていた。
犯人本人からこのような謝罪文が届いたことに、良い意味
で大変驚いた。
 被害当時は本当に殺されると思った。犯人と格闘しながら、
恐怖感とともに『こんな田舎の竹やぶの傍らで自分は
死体で発見されることになるのか』と、とても悲しかった。
現在けがも治ったが、今でも夜道を歩いていて後ろから人
の足音が聞こえると、ハッとして振り向く変な癖が身に
付いて困っている。

 神戸出身の高校生の君がなぜ関東でこの事件をおこなった
のか、その訳はあえて聞かないが、いくら謝罪をしてもら
っても、今後再び同じようなことを別の場所で繰り返す
ことがあれば何の意味もない。

 深く反省して、一生決してこのようなことをしないこと、
できれば毎日少しずつでも世の中の役に立つことをおこなう
ことが最も大切な謝罪である。そのことを心に深く深く
刻み込んで日々精進を続けてくれ。私も君が毎日その努力
をしてくれていることを一生信じ続ける」

 次に、「ひったくり」の被害者からの返信がきた。80歳
過ぎのおばあちゃんである。
  「お手紙ありがとう。あの時は薄暗く、まだ若い美育年
という印象が残っているだけで、あなたの顔も良く覚えて
いません。 
実は、80歳を過ぎ一生をもう終わろうとする時期になって
初めて分かったことがあります。それは、最後に自分の
一生に一つも悔いがない、いい人生であったと思えたら
どんなに幸せかということです。

 私の場合、孫にも言っていない事柄ですが、幼いころ母が
肺病で死に、祖母に大切に育てられたのに、節約して
お金持ちになりたい 一心で、年老いた祖母に当たり散らし、
いろいろと邪険な扱いをしてイジメました。そして90歳で死
ぬまで悲しい思いをさせました。 年寄りを粗末にして節約
したお金に値打ちはありません。身体の自由の利かない老人
になって初めてそのことに気付きました。しかし既に遅く、
毎日毎日涙で枕をぬらしています。

 あなたはこれからの人生です。自分の心掛け一つでどの
ような人生でも送れます。どうか悔いのない人生を貫いて
ください。やり直しのできるあなたをうらやましく
思います。懲りずに暇なときまたお便りくださいね」

 被害者からの手紙を審判廷で少年本人に読み上げさせると、
両親の涙が止まらなかった。
           (弁護士)
  


Posted by 伝兵衛 at 17:45Comments(0)

2007年12月04日

受け止め続け 笑顔を待つ/能重真作

受け止め続け 笑顔を待つ

朝日新聞 夕刊 ニッポン人脈記
2007年12月3日

先生に出会う3

(前半 水谷修先生の項は省いて 後半だけです)

 能重真作(のうじゆうしんさく)(74)は「行動する相談員」と呼ばれる。少年事
件の付添人として少年鑑別所に足を運び、少年たちの話を聞く。理事長を務める、
東京 ・新宿のNPO「非行克服支援センター」には万引きから強盗、傷害致死
まで、非行の相談電話がかかってくる。

 50年代から80年代、能重は東京の下町の中学校で非行の生徒と向き合った。
足立の中学では少年院送り寸前で転校してきた生徒の、番長風の制服、
たばこやシンナーをやめ させていく。彼に言われた。
 「おれからツッパリを取ったら何も残ってないんだ」。衝撃だった。
彼から「非行の勲章」を次々と奪ったが、代わりに何を与えただろう。

 言葉より行動で思いを示してきた。荒川の中学で生徒が教室を
バリケード封鎖した。加重は、出てくるよう説得するのではなく、
中に入って要求を聞いた。マラソン大会で自転車で伴走し、「頑張れ」と
声をかけると、生徒は「いいよな、先公は。頑張れって言えば仕事に
なるんだから」。急性肝炎で医師に運動を止められていたが、自転車を投げ
捨て一緒に走った。

今年、学校に行かずに盗みを繰り返した女子中学生の付添人になった。
彼女は盗みの日々を「必要な時間だった。親の操り人形となっていたら
自分が壊れる」と言った。就学前から休みなくけいこ事をこなし、
校門で待つ母の車の中で弁当を食べ、塾に送られていた。
「ほかに自分を取り戻す手段がなかったんだよね」と語りかけると、
「生活を立て直すよう努力してみます」と言ってくれた。

 子どもは信じられる大人を求めている。信頼が生まれると、
いらだった表情から素の顔がのぞき、自分を語り出す。
能重も水谷修も、その瞬間に賭ける。  (氏岡真弓)
  


Posted by 伝兵衛 at 10:18Comments(0)

2007年12月01日

児童養護施設の近くにある小中学校/ルポ虐待・教師たち

朝日新聞 2007年11月30日 夕刊

かばった生徒 殴りかかってきた 

雑木林の残る丘陵地に、小さな学校がある。
 一つの校舎を小学校と中学校が一緒に使っている。全学年1クラ
ス。近くの児童養護施設の子どもたちが通っている。
 音楽を敦える典子先生(59)がこの中学校に来だのは10年前。
小さな体育館で新任のあいさつをしたとき、「山の分校みたい
だな」と思った。生徒たちはみな、素朴でおとなしそうに見えた。

 見立ては翌日に覆された。
 最初の授業は1年生。簡単な自己紹介の後、校歌をピアノで伴奏
しながら「さあ、歌うよ」と誘った。だが、だれも歌わない。顔を
机に突っ伏したままの子、ペンで机に穴を開け続ける子。ピアノの
音だけが音楽室に響いた。

 男子生徒が唐突に声をあげた。
 「○○君、授業中なのに落書きしてええんかな」
 「おまえ、なんで先生に言うんじゃ」。名指しされた生徒が机を
けって立ち上がり、おびえる級友の胸ぐらをつかんだ。「なんでそ
んなに怖がるんや。なんもしてへんやんけ」。さらに襟元を絞めあ
げている。
  「やめなさい」と典子先生が割って入った。その日は授業になら
なかった。

 中2も中3も状況は同じだった。並べたいすの上に寝っ転がる
女子、教室をうろつく男子。席の離れた女子同士が大声で会話を交
わしていた。「先生がかわいそうやし、だれか歌ってやりーや」
「だーって、授業おもろないもん」
 30年近い教師経験が通用しない。典子先生は戸感った。

 その年の6月。昼休みに、中3の男子が同級生をほうきで殴りつ
けているのをみつけた。やられているのは、おとなしい海君だ。
 「なにしてるの」。典子先生が2人を引き離すと、ほうきを持った
生徒はふてくされて向こうへ行った。「もう大丈夫やで」。声をかけ
かばった生徒殴りかかってきたた途端、海君は「わよと叫びなが
ら典子先生に向かってきた。「やめろ」と別の男子が走って止めに
入るまで海君は拳を振り回し、典子先生の頭や腕をたたき続けた。

  「なんで私が殴られなくちゃいけないの」。自分を慕ってくれて
いると思っていた海君に暴力をふるわれたことが、典子先生にはシ
ョックだった。

 海君は小学生のころ、母親から虐待を受けて児童養護施設に来
た。それまでにもパニックを起こすと急に暴力的になることがあっ
た。だがプライバシーヘの配慮から、現場の教師には当時、生徒ら
の生い立ちは知らされていなかった。 
 「責任を持って子どもたちと向き合いたい。個々の生徒の事情を
教えてください」
 この学校での勤務が長い同僚をつかまえては、生徒が抱える問題
を尋ねて回った。聞き取った内容は1人ずつ分けてノートに書き留
めた。
 施設から通う生徒の多くが、虐待の被害者だった。(文中仮名)
      ◇
 心に傷を負った子どもが学校で様々な問題を起こすこともある。
きょうからは、児童養護施設の近くにある小、中学校を取り上げ
る。(文・西見誠一、写真・川村直子が担当します)       ・
 
★朝日新聞 ルポ虐待の連載のうち
「児童相談所」と「児童養護施設」は asahi.com関西のページに
あります。
上記の記事は このblogの管理人がテキスト化しました。
  


Posted by 伝兵衛 at 19:11Comments(0)