QRコード
QRCODE
※カテゴリー別のRSSです

和歌山の情報発信
ブログポータル

ログインはTOPページで
私も作ってみる


[PR]ちらし印刷選挙用品
[PR]和歌山ネットチラシ
[PR] 和歌山情報ブログでチェックイコラブログ
[PR] 商品ページ1ページからリニューアル!!楽天ヤフーOK!現在キャンペーン


アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 5人
プロフィール
伝兵衛
伝兵衛
オーナーへメッセージ

2017年09月12日

路上生活の回想(14,最終回


路上にいた時代は彼をほとんど変えなかった。
彼は前よりも注意深くなった。そして生活に
必要なものを それほど重要だとは思わなく
なった。転落前の生活のことを彼はあまり考え
ない。昔のことを考えることを できるだけ
避けようと努力している。苦労しないで朝起き
上がり、背を曲げたりすることは もうできな
い。脊椎の痛みと無感覚の左脚は あの出来事
を思い起こさせる。しかし4年前と同じような
大きい転換であっても、うまくやって行けると
彼は思う。もっとも難しい一歩は既に踏み出し
た:娘に自分の天命を語った。(おしまい)
下記サイトから:
http://ze.tt/einmal-obdachlosigkeit-und-zurueck-wie-udo-die-zeit-auf-der-strasse-ueberstand/?utm_campaign=zonparkett&utm_medium=parkett&utm_source=zon6


  


Posted by 伝兵衛 at 17:24Comments(0)路上生活

2017年09月11日

路上生活の回想(13


◎別の生活への出発◎
ウードが路上生活していた年月について話した
とき、彼はこの時期に決して希望を捨てなかっ
たということに 私は気づいた。彼はこの時期
のことを堂々と威厳をもって語った。諦めの気
持ちも持たず、不機嫌にも ならなかった。
彼は自分の境遇の中で最善を尽くした。何と言
うても その境遇は ある程度は自分で選んだ
ものだから。彼は自身の転落について しばしば
語る。転落が困ったことだったと語るわけでも
ないし、詳細を語って 格好をつけることもな
い。人生の転落が今は過ぎたように思えるので
そう振る舞えるのかも知れない。(つづく)
下記サイトから:
http://ze.tt/einmal-obdachlosigkeit-und-zurueck-wie-udo-die-zeit-auf-der-strasse-ueberstand/?utm_campaign=zonparkett&utm_medium=parkett&utm_source=zon6


  


Posted by 伝兵衛 at 17:11Comments(0)路上生活

2017年09月10日

路上生活からホステルへ・定期収入(12


私が彼の部屋に入ったとき すぐに彼は雇用
契約書を私に見せてくれた。彼が今の仕事を
誇りに思っているのだと言うことが私にも分か
った。ウードは4月から定期収入を得て、ホス
テルのまともなベッドに寝ることができた。
4年ぶりのことだった。新しい服を買うことが
できて、行きたいときにトイレに行け、ホステ
ルの部屋が寒すぎると暖房を入れることができ
る。「とても感謝している」。来年 生命保険
の満期が来たら、ホステルから出て、ついに
マンションを借りることができる。(つづく)
下記サイトから:
http://ze.tt/einmal-obdachlosigkeit-und-zurueck-wie-udo-die-zeit-auf-der-strasse-ueberstand/?utm_campaign=zonparkett&utm_medium=parkett&utm_source=zon6


  


Posted by 伝兵衛 at 15:42Comments(0)路上生活

2017年09月09日

路上生活・旧友が就職の世話を(11


マルクはある日、仕事を終え、テレビをあちこ
ち見ているうちに偶然ドキュメンタリーに行き
あたった。主題はベルリンのホームレスだった。
ウードは中心的人物の一人だった。マルクは
自分の目を信じることが できなかった。彼は
すぐにベルリンへの航空券を予約した。次の日、
彼はタブレットを手にして シュプレー川沿い
に歩いた。そのTVを幾度も見て、ウードが何処
に住んでいるのかを理解することができた。
手がかりは大きな落書きだった。ウードのテン
トの後ろの壁に誰かが描いたものだ。
それから後は うまく行った。マルクは親しい
ホステル経営者に頼みこんで、ウードを雇って
もらった。ウードはホステル付属のカフェを
改善し、ホステルのイベント会場でパーティ、
コンサート、芸術の催しを手配した。(つづく)
下記サイトから:
http://ze.tt/einmal-obdachlosigkeit-und-zurueck-wie-udo-die-zeit-auf-der-strasse-ueberstand/?utm_campaign=zonparkett&utm_medium=parkett&utm_source=zon6


  


Posted by 伝兵衛 at 11:44Comments(0)路上生活

2017年09月07日

路上生活・旧友がテントへ(10


◎古い友がテントへ来てくれた◎
3月のある日にウードの生活は二度目の激変を
迎えた。彼はテントの中にいて、橋の上のいつ
もの場所へ乞食のために出かける用意をして
いた。そのとき「ウードか?」という声が聞こ
えた。テントの中から彼は「はい」と答えた。
なんとなく聞いたことの あるような声に思え
た。しかし彼はテントを開ける気は しなか
った。その声は段々、近づいてきて「ウード
そこに居るのかい?」と言った。直ぐに思い出
した:「マルクか?」。ウードはテントを開け
て友の前に立った。ミュンヘンで20年前に知り
合った人だ。ウードはマルクに ここで何を
しに来ているのか尋ねた。「君を路上生活から
連れ戻しに来た」。二人の頬に涙が つたった。
(つづく)
下記サイトから:
http://ze.tt/einmal-obdachlosigkeit-und-zurueck-wie-udo-die-zeit-auf-der-strasse-ueberstand/?utm_campaign=zonparkett&utm_medium=parkett&utm_source=zon6


  


Posted by 伝兵衛 at 09:38Comments(0)路上生活

2017年09月06日

路上生活・大酒は飲まない(9


このような境遇で酒に慰めを求めることを彼は
理解できる。ウードにとっても、酒は中心的
問題だった。今なお そうだ。彼は しばしば
ワインで気を紛らす。「そうでないと人は耐え
られない。朝から飲んだ」。しかし間違えた道
に行かないように ちゃんとした規律を守って
いたお陰で彼は生き延びた。「規律がないと
人は落ちていく。そういう ものだ」。記者と
会う前に彼は飲まなかったと 彼は冗談を言う
た。(つづく)
下記サイトから:
http://ze.tt/einmal-obdachlosigkeit-und-zurueck-wie-udo-die-zeit-auf-der-strasse-ueberstand/?utm_campaign=zonparkett&utm_medium=parkett&utm_source=zon6



  


Posted by 伝兵衛 at 15:32Comments(0)路上生活

2017年09月05日

路上生活・洗濯や緊急宿泊所など(8


ウードのテントは もう一つの川岸から100メー
タも離れていない。後ろに連邦首相官房と議会
が見える。
乞食をして もらった金で日課を行う:コイン
ランドリーで洗濯する。週に一度、駅で7ユー
ロでシャワーを浴びる。身繕いのために必要な
小銭を貯めて おかねばならぬ。「いつも清潔
にしていた。気をつけていた」。他のホームレ
スの人と距離を置いていた。「飲んだくれや野
卑な言葉で挑んでくるホームレスとは かかわ
る気は なかった」。なのでベルリン動物園に
あるホームレス・テント村から シュプレー川
岸に引っ越した。緊急宿泊所には入らない。
「あれは衛生上の理由で避けた。シラミがいる
し、アルコール依存症者がたくさん居る。他の
人がウンチしたシャワー室でシャワーしたくな
い。あそこは酷い」。(つづく)
下記サイトから:
http://ze.tt/einmal-obdachlosigkeit-und-zurueck-wie-udo-die-zeit-auf-der-strasse-ueberstand/?utm_campaign=zonparkett&utm_medium=parkett&utm_source=zon6



  


Posted by 伝兵衛 at 16:16Comments(0)路上生活

2017年09月04日

路上生活・コンロや暖房など(7


ウードと隣のテントの人達は互いに気をつけ
あっていた。歯ブラシを置いて乾かす場所に
ついても協定した。ガスコンロとプラスチック
のボールがあって、ボールは皿を洗うための
ものだった。ウードは石と墓のろうそくで
コンロを作った。こういうことは子どもの頃
ボーイスカウトで習った。墓用ろうそくの上の
覆いに石を載せておくと 石が熱を蓄積し、
熱を後で放出する。隣のテントのホルストさん
も同じようにした。彼は欧州中央銀行の部長と
して16年働いた。(つづく)
下記サイトから:
http://ze.tt/einmal-obdachlosigkeit-und-zurueck-wie-udo-die-zeit-auf-der-strasse-ueberstand/?utm_campaign=zonparkett&utm_medium=parkett&utm_source=zon6


  


Posted by 伝兵衛 at 17:20Comments(0)路上生活

2017年09月03日

乞食生活・馴染みの通行人との付き合い(6


常連客は食料・服・本を持ってきてくれた。
このような人々の支援と非行政の組織の支援の
お陰で路上で生き延びる道具(テント・断熱
マット・懐中電灯など)がそろった。「必要な
物すべてを もらった」。このような人間関係
が大変 大きい力を彼に与えた。ウードは町の
景色の一部になったので「橋の首相」と呼ばれ
た。(写真を見ると 確かに威厳のある顔だ)。
(つづく)
下記サイトから:
http://ze.tt/einmal-obdachlosigkeit-und-zurueck-wie-udo-die-zeit-auf-der-strasse-ueberstand/?utm_campaign=zonparkett&utm_medium=parkett&utm_source=zon6


  


Posted by 伝兵衛 at 12:54Comments(0)路上生活

2017年09月02日

ホームレスから戻った人(5


橋の上で来る日も来る日も座っていた。欄干に
寄りかかって。お金を入れてもらうために前に
帽子を置いて。
彼はお金をほしいとは言わなかった。親しみを
もって見つめられることもあり、時にはハロー
と言うてくれる人もあった。「座っていると
動物園にいるような ものになる。ただ動物園
の檻の中にいるのと違って、私は見る側だった。
二三日すると人々は私に気づくようになった。
そのうちに常連客がついた」。彼は客と知り合
い、客は彼と知り合った。いつも通りかかる人
は彼に親しみをもった。人々はウードから押し
つけがましくない やり方で 強い印象を受け
た。(つづく)
下記サイトから:
http://ze.tt/einmal-obdachlosigkeit-und-zurueck-wie-udo-die-zeit-auf-der-strasse-ueberstand/?utm_campaign=zonparkett&utm_medium=parkett&utm_source=zon


  


Posted by 伝兵衛 at 16:01Comments(0)路上生活

2017年09月01日

ホームレスから戻った人(4


彼は継続している生命保険を解約するつもりは
ない。これまでに あまりにも多くの金を無く
したので 路上で生きて、生命保険を続けるこ
とを選んだ。「資産のない方が良いと思った。
今は やっていけるが、歳とったら路上生活
できないと考えたから」。
それから4年を路上で過ごした。最初にハンブ
ルクへ向かってヒッチハイクした。ハンブルク
では港の橋の下で暮らした。彼の所持品は旅行
バッグと寝袋だけだ。ついにベルリンに着き、
そこで乞食をするための場所を見つけた。旅行
者や連邦政府職員が よく来る行政地区にある
橋の下だった。(つづく)
下記サイトから:
http://ze.tt/einmal-obdachlosigkeit-und-zurueck-wie-udo-die-zeit-auf-der-strasse-ueberstand/?utm_campaign=zonparkett&utm_medium=parkett&utm_source=zon


  


Posted by 伝兵衛 at 17:14Comments(0)路上生活

2017年08月31日

ホームレスから戻った人(3


◎カネ無し、家なし、見通し無し。
しかしウードは生きることに決めた。初めの
幾月かの間、友だち達の家に泊めてもらうこと
ができた。2週間はここに、4週間は あそこに。
しかし そのうちに相手にとって負担になった。
仕事をしていた時に友だち達を大事にしなかっ
たことの報いだと彼は思った。それで古い友達
から段々、距離を置くようにした。会社の同僚
は彼が壊れていくのを傍観していた。
父の破滅を娘は この時点で知らなかった。娘
はオランダに留学していた。娘を彼の問題で
わずらわす決心がつかなかった。娘に本当の事
を言わない方が良いと思った。「それから次の
夜、どこで過ごすか分からなくなった」。これ
がホームレスだと段々、分かってきた。
(つづく)
下記サイトから:
http://ze.tt/einmal-obdachlosigkeit-und-zurueck-wie-udo-die-zeit-auf-der-strasse-ueberstand/?utm_campaign=zonparkett&utm_medium=parkett&utm_source=zon


  


Posted by 伝兵衛 at 12:02Comments(0)路上生活

2017年08月30日

ホームレスから戻った人(2


元々の生活が終わった日は大掃除の日だった。
掃除機のコードが足に からまって こけて
テーブルの角に背中を打ちつけ、脊椎骨が二つ
折れた。両脚が動かなくなった。2回手術し、
幾度も入院した。車椅子に乗って退院した時
彼は歩く練習をしなければ ならなかった。
ウードは この時 53歳で、広告写真家で広告
営業マンだった。高給をとっていて、ミュンヘ
ンで200平方メートルのマンションに妻と娘と
暮らしていた。
1年以上の入院とリハビリの段階の間に二つ目
のナンギが起きた:当時の上司が解雇通知を
送ってきた。
ウートは告訴することにした。四度の審理の
間に彼はカネをすべて使いきっただけでなく、
妻が彼の会社の役員と不倫していることが分か
った。彼の世界は決定的に崩れ落ちたと彼は
言う。彼は破産した。妻と別れ、マンションを
解約する他なかった。ウードは思い出す:
「墜落した。あの頃、ずっと車椅子に座って
いて、精神病院に入るような段階だった。もう
生きる気がしなかった」。(つづく)
下記サイトから:
http://ze.tt/einmal-obdachlosigkeit-und-zurueck-wie-udo-die-zeit-auf-der-strasse-ueberstand/?utm_campaign=zonparkett&utm_medium=parkett&utm_source=zon


  


Posted by 伝兵衛 at 14:38Comments(0)路上生活

2017年08月29日

ホームレスから戻った人(1


ウードは路上生活をどう乗り越えたか。
ウードは恵まれた生活をしていた。その後
全てが崩壊し、幾年かを路上で生き延びなけれ
ばならなくなった。しかし思いがけなく新しい
生活が始まった。
二つの転機が彼の生活を本質から変えた。最初
の転機はホームレス生活をもたらし、乞食を
してビン拾いをすることになった。もう一つの
転機は偶然、彼をホームレスから脱出させた。
(つづく)
下記サイトから:
http://ze.tt/einmal-obdachlosigkeit-und-zurueck-wie-udo-die-zeit-auf-der-strasse-ueberstand/?utm_campaign=zonparkett&utm_medium=parkett&utm_source=zon


  


Posted by 伝兵衛 at 16:36Comments(0)路上生活

2017年08月28日

ホームレスへの往診inマインツ(連載5,最終回(写真集


下記サイトに写真13枚:
画面右の>をクリックすると次の写真が出る。
http://www.zeit.de/gesellschaft/2017-07/arzt-armut-obdachlos-fs
マインツはドイツのラインラント・プファルツ
州の首都。マイン川とライン川の合流点にある。
★写真9:マインツ中央駅の橋の下にホームレ
スは住処を作っている。
★写真10:Bingenで医療用車を使って診察。
Dr.Trabertは子どもの頃、孤児院で多くの時間
を過ごした。彼の父は そこで働いていた。
そのお陰で不利な状況にある人々の運・不運に
対する感受性を高めた。
★写真11:コンテナ村でも診察する。「医者の
車が来てます。必要な人は いないか?」と彼
は住人に呼びかける。
★12:マインツのヴァル通りの近くの森にラス
カルという犬と一緒に暮らすホームレスのグル
ープがある。ここへも彼は医療用車で 度々来
る。
13:写真は「貧しい人の医師」という書名の
写真集の表紙。写真家 Andreas Reeg著書。
(おしまい)


  


Posted by 伝兵衛 at 09:32Comments(0)路上生活

2017年08月27日

ホームレスへの往診inマインツ(連載4(写真集


下記サイトに写真13枚:
画面右の>をクリックすると次の写真が出る。
http://www.zeit.de/gesellschaft/2017-07/arzt-armut-obdachlos-fs
マインツはドイツのラインラント・プファルツ
州の首都。マイン川とライン川の合流点にある。
★写真6:Dr.Trabert は患者を大切にする気持
ちをもって患者と会う。患者は保険に入って
いたとしても、汚名を着せられるという不安か
ら医者へ行かないことが しばしば起きる。
この写真で彼は患者とホスピスへの転院に
ついて話し合っている。
★写真7:自家用の医療用車を使わないで
マインツの患者のところへ行くこともある。
この写真ではドゥサさんを路上に会いに行って
いる。
★写真8:ドゥサさんはDr.Trabertと別れる時、
彼の手を自分の額に当てている。このプロジ
ェクトの写真は 威厳のある親密さを捉えて
いる。「目に見える威厳と愛に満ちた敬意に
この写真は基づいている」とDr.Trabertは
讃える。(つづく)


  


Posted by 伝兵衛 at 15:11Comments(0)路上生活

2017年08月26日

ホームレスへの往診inマインツ(連載3(写真集


下記サイトに写真13枚:
画面右の>をクリックすると次の写真が出る。
http://www.zeit.de/gesellschaft/2017-07/arzt-armut-obdachlos-fs
マインツはドイツのラインラント・プファルツ
州の首都。マイン川とライン川の合流点にある。
★写真4:マインツのヴァル通りの近くの森の
中にあるホームレスの住む所。貧困によって
社会に参加する可能性が少なくなるということ
だけでは ない。世界で最も豊かな国の一つに
おいて 貧困のために早く死ななければなら
ない。ドイツでは貧しい人の ほぼ1/3は65歳
になるまでに死ぬ。
★写真5:Wolfgangは84歳。そのうちの半分の
年月を路上で生きた。(つづく)


  


Posted by 伝兵衛 at 14:18Comments(0)路上生活

2017年08月25日

ホームレスへの往診inマインツ(連載2(写真集


下記サイトに写真13枚:
画面右の>をクリックすると次の写真が出る。
http://www.zeit.de/gesellschaft/2017-07/arzt-armut-obdachlos-fs
マインツはドイツのラインラント・プファルツ
州の首都。マイン川とライン川の合流点にある。
★写真2:アネリーゼは腕に包帯を巻いている。
Dr.Trabertが自分の医療用車を使って してい
ることは 既に長い間、マインツ・モデルと
なっている。健保に入っていない人や恥辱感の
ために医者へ行けない人のために 敷居の低い
医療を提供するのが マインツ・モデルだ。
貧しい人は早く死ぬ。貧しい人のうち31%は
65歳まで生きていない。そこで Dr.Trabert は
20年前から貧しい人や健保に入っていない人を
治療している。汚名を着せられる不安から 
このような患者は医者へ行けない と彼は言う。

★写真3:ドイツでは約18000人が路上生活して
いて、その90%が医師による永続的な治療を
必要としていると Dr.Trabertは見積もる。
この写真で 彼はDusanを治療している。
写真家 Andreas Reeg は三年間 この医師と
患者に付いて回った。彼はこの写真プロジェク
トによって医師とホームレスのことを見て欲し
いと考えている。(つづく)


  


Posted by 伝兵衛 at 15:07Comments(0)路上生活

2017年08月24日

ホームレスへの往診inマインツ連載1(写真集


下記サイトに写真13枚:
画面右の>をクリックすると次の写真が出る。
http://www.zeit.de/gesellschaft/2017-07/arzt-armut-obdachlos-fs
マインツはドイツのラインラント・プファルツ
州の首都。マイン川とライン川の合流点にある。
★Andreas Reegによる写真集は2017年7月
に出版された★
路上生活者は医者へ行く気になれない。医者へ
行けば定期的に行くことになる。それで医師
Gerhard Trabertは路上へ往診に行くことに
している。
写真1.病気をすると貧しくなり、貧しいと病気
になる。この悪循環を絶とうとDr.Trabertは
努力している。マインツとその近郊で 路上
生活者・貧しい人・健康保険に入っていない
人を Dr.Trabertは20年前から治療している。
この写真では 患者のアネリーゼ・シュナイ
ダーを彼の医療用車から診察している。
(つづく)



  


Posted by 伝兵衛 at 18:21Comments(0)路上生活

2017年03月26日

ホームレス・路上で凍える(9最終回)


★昨日のつづき:
ホームレスのダリウスは こういうサービス
を全く無意味だと思っているわけでは ない。
彼の友人は新しい寝袋が欲しい。友人の寝袋
は雪でずぶ濡れになったのだ。靴とズボンも
あれば良い。しかし靴もズボンも「寒冷バス」
運転手のヤニクは渡せない。そういう物は
緊急宿泊所で配られる。けれどもダリウスも
友人も緊急宿泊所に入りたくないのだ。
ベルリンの教会の「寒冷バス」は11月1日から
3月31日まで毎晩9時から未明の3時まで運行
される。もしホームレスを見かけたら、支援
が要るか どうか尋ねてみてほしい。非常の
場合はホームレスの代わりに電話して下さい。
下記サイトで 零下の寒さの中 野宿する
様子を動画で見られる:
https://www.welt.de/vermischtes/article161818287/Warum-viele-Obdachlose-nicht-in-Notunterkuenfte-wollen.html


  


Posted by 伝兵衛 at 17:51Comments(0)路上生活