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伝兵衛
伝兵衛
オーナーへメッセージ

2017年03月26日

ホームレス・路上で凍える(9最終回)


★昨日のつづき:
ホームレスのダリウスは こういうサービス
を全く無意味だと思っているわけでは ない。
彼の友人は新しい寝袋が欲しい。友人の寝袋
は雪でずぶ濡れになったのだ。靴とズボンも
あれば良い。しかし靴もズボンも「寒冷バス」
運転手のヤニクは渡せない。そういう物は
緊急宿泊所で配られる。けれどもダリウスも
友人も緊急宿泊所に入りたくないのだ。
ベルリンの教会の「寒冷バス」は11月1日から
3月31日まで毎晩9時から未明の3時まで運行
される。もしホームレスを見かけたら、支援
が要るか どうか尋ねてみてほしい。非常の
場合はホームレスの代わりに電話して下さい。
下記サイトで 零下の寒さの中 野宿する
様子を動画で見られる:
https://www.welt.de/vermischtes/article161818287/Warum-viele-Obdachlose-nicht-in-Notunterkuenfte-wollen.html


  


Posted by 伝兵衛 at 17:51Comments(0)路上生活

2017年03月25日

ホームレス・路上で凍える(連載8)


★3月13日のカキコミのつづき:
緊急宿泊所に泊まりたくないと言わせる最大の
障壁は 酒の禁止だ。部屋の中だけでなく、
敷地内でも飲んではいけない。ホームレスは
宿泊所に入る時に 身につけている物の他は
全て預けなければならない。酒も覚せい剤も
である。緊急宿泊所の班長テレザは言う:
「私たちは酒などを預かる。宿泊者の荷物を
管理しているのではない。押収しているの
でもない」。翌朝に宿泊者は荷物を受取る。
(つづく)
下記サイトで 零下の寒さの中 野宿する
様子を動画で見られる:
https://www.welt.de/vermischtes/article161818287/Warum-viele-Obdachlose-nicht-in-Notunterkuenfte-wollen.html


  


Posted by 伝兵衛 at 16:43Comments(0)路上生活

2017年03月13日

ホームレス・路上で凍える(連載7)


多くのホームレスは 遠慮と自尊心(誇り)と
いう複雑な気持ちのため、どの支援を受けいれ、
どの支援を断るかを 吟味する。これは どう
いう ことなのか?「彼らは長年 路上で
暮らしていて、一つの部屋に多くの人と一緒に
幾時間も過ごすことには 慣れていない」と
支援者のテレサは言う。そのうえ160人の
ホームレスが靴を脱ぐときに漂う悪臭は耐え
がたいのだろう。ホームレスは 二人以上に
なると 僅かな全財産を駆けたりするのも
困ったものだ。(つづく)
下記サイトで 零下の寒さの中 野宿する
様子を動画で見られる:
https://www.welt.de/vermischtes/article161818287/Warum-viele-Obdachlose-nicht-in-Notunterkuenfte-wollen.html


  


Posted by 伝兵衛 at 13:13Comments(0)路上生活

2017年03月10日

ホームレス・路上で凍える(連載5)


(3月4日のカキコミの続き)
ホームレスのヤインも緊急宿泊所へ行く気が
しない。ある時 彼はベルリンから他所へ
連れて行かれそうになり、怒った。「私は
ベルリン人だ」。どういうふうに生きて行く
かは 自分が決める。そっと して おいて
くれ。
ホームレスを訪問する「寒冷バス」の事務所に
毎晩 平均18~25の電話がかかってくる。この
冬の最も寒かった1月6日の夜には8時間の間に
104回電話がかかった。
「この冬に 一晩で10回以上 別の場所へ
バスで行ったことが2度あった。しかし誰も
緊急宿泊所へ行く気がなかった」と寒冷バス
の運転手ヤンクは言う。これは ベルリン市
当局にとっては 幸運なことだ。ベルリンに
3300人以上のホームレスがいる。緊急宿泊所
全部を合わせても 770のベッドしかない。
(つづく)
下記サイトで 零下の寒さの中 野宿する
様子を動画で見られる:
https://www.welt.de/vermischtes/article161818287/Warum-viele-Obdachlose-nicht-in-Notunterkuenfte-wollen.html


  


Posted by 伝兵衛 at 17:17Comments(0)路上生活

2017年03月04日

ホームレス・路上で凍える(連載4)


その夜、教会組織が寝袋を配っていて、初めて
もらい手が見つかったのは 一時間以上たった
後だった。55歳の男ヤインは外で寝られない。
なぜなら二三日前の夜、不注意のため寝袋に
ろうそくの火が 燃え移ったからだ。寝袋の
ポリエステルが燃え、腕と背中にやけどした。
教会の運転手ヤニクはヤインに断熱マットを
差し出したが ヤインは断った。マットは
ヤインのやり方に合わないと言うことだった。
しかし彼の足は冷たく、青くなっていた。
(つづく)
下記サイトで 零下の寒さの中 野宿する
様子を動画で見られる:
https://www.welt.de/vermischtes/article161818287/Warum-viele-Obdachlose-nicht-in-Notunterkuenfte-wollen.html



  


Posted by 伝兵衛 at 14:43Comments(0)路上生活

2017年03月03日

ホームレス・路上で凍える(連載3)


夜、路上で寝ると 凍えるので ないかと
問われて、ナタリアは そうでないと言う。
幾枚もの毛布と枕があれば、暖かくしていら
れる。朝 起きてトイレに出かける時だけは
寒い。温かい紅茶は要らないか と問われて
ナタリアは これも断る。ビールを飲めば
暖かくなる。ドイツではビールなのだ。
(つづく)
下記サイトで 零下の寒さの中 野宿する
様子を動画で見られる:
https://www.welt.de/vermischtes/article161818287/Warum-viele-Obdachlose-nicht-in-Notunterkuenfte-wollen.html

  


Posted by 伝兵衛 at 11:10Comments(0)路上生活

2017年03月01日

ホームレス・路上で凍える(連載2)


しかしナタリアは 緊急宿泊所は嫌だ。建物の
入り口にマットレスを敷いて寝た方が良い。
次の朝には そこを離れる。建物の管理人が
教会の組織に通報するから。
女性が路上生活するのは例外的だ。「ホーム
レスの女性は多くない。大半の女性は路上に
生きるよりも 困難な人間関係の中で生きる
方を選ぶ」とTheresaは言う。彼女はリハビリ
教育学を専攻し、中央駅にある緊急宿泊所で
働いている。女性専用の宿泊所は ごく少ない。
男女共用の宿泊所では男性の人数が多いので
女性は そういう所を避ける。(つづく)
下記サイトで 零下の寒さの中 野宿する
様子を動画で見られる:
https://www.welt.de/vermischtes/article161818287/Warum-viele-Obdachlose-nicht-in-Notunterkuenfte-wollen.html


  


Posted by 伝兵衛 at 18:21Comments(0)路上生活

2017年02月28日

ホームレス・路上で凍える(連載1)


なぜ ホームレスの多くは緊急宿泊所を嫌う?
北ドイツは寒いのに、ベルリンだけでも3300人
が冬に路上生活する。教会の組織は 寝袋と
緊急宿泊所を用意しているが、多くのホーム
レスは 感謝しながらも これを断る。
夜9時を過ぎると気温は零下になる。ナタリアは
マットレスを40歳のパキスタンの難民である
友人(男)と分け合っている。マットレスの
上に三枚の毛布を置く。
ヤニク(21歳)はナタリアと友人を連れて
きたい。ヤニクはベルリンの教会組織の
運行する「寒冷バス」の運転手だ。夜8時から
夜中の3時までの間、通行人は この組織に
電話して ホームレスがいることを通知する
ことができる。電話を受けると ヤニクは
ホームレスの所までバスを走らせ、熱い茶と
寝袋と断熱マットを配る。希望する人はバスで
緊急宿泊所へ運ぶ。(つづく)
下記サイトで 零下の寒さの中 野宿する
様子を動画で見られる:
https://www.welt.de/vermischtes/article161818287/Warum-viele-Obdachlose-nicht-in-Notunterkuenfte-wollen.html


写真提供:lovefreePhoto
  


Posted by 伝兵衛 at 17:35Comments(0)路上生活

2016年07月23日

ホームレスへの支援inバルセロナ

ホームレスフォント:路上生活者を集めて字を書いてもらう
ワークショップを行い、その字体をスキャンし、デザイナーの
協力を得て、「ホームレスフォント」というウェブサイトが生ま
れた。そこには、路上生活者の顔写真・人生の物語と彼らの
アルファベットが「フォント」という商品として載り、販売される。
フォント料は路上生活者個人に入るのではなく、財団の活動
資金になるが、「自分の字が印字されたワインボトルが店頭に
並んだところを見て、役に立てたという喜びでワクワクした」と
提供者のロレーヌは言う。下記サイトが Homelessfonts:
http://www.homelessfonts.org/

ホームレスの案内によるバルセロナ観光ツアもある。手に職が
あるのに失業し、路上生活になった人々の前職を生かし、
元料理人による市場同行ツアなど。料金は15ユーロ。
路上生活者も、助ける方も、社会も、慈善事業という枠組みを超え、
お洒落で楽しいことをしようという考え。
以上、大野ゆり子、”バルセロナの窓から ホームレスのための
ユニークな支援”月刊 中央公論、2016年8月号、P.182~183 
から抜粋。もとの記事を買って読んでね。

写真は秋葉町にあったダルクの隣家のジャスミン。
道路拡張のため庭も消え、野良猫は南の集合住宅の
空き地や 秋葉山で過ごしてます。

  


Posted by 伝兵衛 at 19:34Comments(0)路上生活

2016年07月10日

ホームレス川柳

盆がくる 俺は実家で仏様、藤太

この句は「路上のうた ホームレス川柳」700円 より。
職も住居も失った路上生活をうたった六人の合同句集です。
この文庫サイズの句集は「ビッグイシュー」という雑誌と
一緒に街角・橋詰・駅前などで売られている。
やむなく家郷と縁が絶え、もはや生きては いまいと
弔われていよう、そんな述懐が後輩たちの再起の糧となる。
以上 月刊「みすず」2016年7月号 巻頭・表紙の裏から抜粋。

★薬物・アルコール依存症者のいる「実家」では 実家の
持ち主である親が 依存症者を避けるために 家を出て
別の場に引っ越すことが あります。せっかく引越しても
依存症者が 半年もしたら 場所を探りあて、親は又
逃げたりします。
うちの近くでは 親が三度目の引越の末、やっと安全に
暮らせたという例がありました。(十年以上前のことで
ダルクと無縁の事件でした)。
引越を繰り返す親の弱みに つけ込み、「引越しを手伝って
やるから 息子のサラ金からの借金をまとめて 俺に引受
させよ」と 悪徳金貸し業者に 言われて だまされました。
この業者を相手に過払い金返還請求をしたら 自分の
所在が息子にバレて追われるかも知れないという恐怖の
ため 返還請求もできない。

  


Posted by 伝兵衛 at 08:55Comments(0)路上生活

2016年06月03日

アルコール依存症でホームレスの人(3

不運なことは他にもあった。長靴をはいた禿た男が ベビーカーを押す
ベトナム女性にからんでいたので 私は割って入った。そばに あと
二人が立っているのに 気が付いて いなかった。彼ら三人は 私を
蹴り倒した。肋骨が折れ、鼻も骨折し、歯が折れた。タクシー運転手が
野球のバットをもって 走ってきてくれた。命の恩人だ。
そのあと私は用心深くなった。広々とした場所や観光客のいる
場所は安全だ。動物園で襲われてから 身分証明書を持たなく
なった。役所へ行くことへの ためらいは大きい。反社会的な人が
私に浮浪者と言ったら、私は自制心を失う。自分では反社会的
だと自覚していない。(つづく)
下記サイトから:
http://www.zeit.de/gesellschaft/zeitgeschehen/2015-11/obdachloser-alkoholiker-therapie

写真提供・asamaさん  


Posted by 伝兵衛 at 17:34Comments(0)路上生活

2016年05月31日

アルコール依存症でホームレスの人(2

生き延びる法則としては まず胃が大事で、それから肝臓、余裕が
あれば肺のことを考える。食べることに注意しない人もいる。考えて
生きていなかったら路上で 58歳までも もたなかっただろう。
生活を支える枠組みのようなものは ある。あるディスコで瓶を
回収する独占権を持っていた。その店へ数回 行ったら、警備の
人が「デポジットつき瓶だけでなく 全部の瓶を片付けてくれたら 
他の回収の人は断る」と言うてくれた。
若者がパーティをやって 気分の良いときには 二、三ユーロくれ
たりする。この仕事も 2回つづけて 回収に行かなかったら 
もう回収させてもらえなくなる。
路上生活で 良かったことを話したい。ゴミ箱の中に携帯電話を
見つけて、届けたら450ユーロもらったことがある。ポケットに
小さいラジオを入れて、イヤホンで聞いている。ボケ防止のために。
しかし悪いことも あった。動物園でネオナチに襲われた。ホーム
レスが どこに居るか知っていて、探しては襲う一団がいる。幸い
彼は酔っ払っていたので、逃げられた。(つづく)
下記サイトから:
http://www.zeit.de/gesellschaft/zeitgeschehen/2015-11/obdachloser-alkoholiker-therapie

写真は 南海 孝子駅の北。この南の小川に一昨年までは
蛍が いた。今は 多奈川まで 行けば 蛍を見られる そうです。  


Posted by 伝兵衛 at 15:42Comments(0)路上生活

2016年05月30日

アルコール依存症でホームレスの人(1

2015年11月25日発:クラウス(58歳)は40年間 酔っ払ってきた。
路上生活するようになり、殴られて死にかかった。それから回復し
始めた。
ホームレスが生きるには 色々な方法がある。麻薬を売る、盗む
など不法なことをする。合法的 生き方としては 路上で歌ったり
演奏したりする、新聞を売る、乞食をするなど。
友達に煙草をせびったりは しない。音楽はできない。新聞売りも
私に合わない。瓶を集めることはする。
アホだったので ホームレスになった。問題が起きると 問題から
逃げた。煙草栽培農場で働いていて、仕事にも慣れていたのに
ケンカして別れてしまった。納得いくまで話し合うこともなく、飛び
出した。それが13年前のことだ。実は別の地方で働くつもり
だったが、ベルリンに来た。
最初のうちは楽しかった。少しは金もあったし、春で暖かかった。
酒のみ集団は酒の最後の一滴が無くなるまでは 楽しい。
その後 口論になる。(つづく)
下記サイトから:
http://www.zeit.de/gesellschaft/zeitgeschehen/2015-11/obdachloser-alkoholiker-therapie

  


Posted by 伝兵衛 at 18:37Comments(0)路上生活

2016年05月28日

末期癌のホームレスが500人の前で歌う(動画)

6年の間ハンブルクで路上生活する Guenter Neumann( 62歳)は
癌の末期で, 最後の望みは 人前で歌うことだった。
ノイマンさんは 3年前に前立腺癌になっていることが分かった。
もはや治療できない。そこで Strassenblues というホームレス
支援組織が手助けして 彼の最後の夢を実現させることになった
。歌うのは 彼のために特別に作られた歌。
ハンブルクのクラブで50人弱の客の前で 彼は歌うことができた。
下記サイトに動画:
http://www.stern.de/panorama/weltgeschehen/obdachloser-singt-vor-publikum-und-erfuellt-sich-damit-letzten-wunsch-6869522.html
Starssenblues という組織は ホームレスの人に良い自己評価を
持たせることを重視する。ホームレスの才能を支援し、望みを
かなえ、発言する機会を与える。


  


Posted by 伝兵衛 at 19:09Comments(0)路上生活

2016年05月17日

ホームレスが亡きホームレスの墓地の手入れをする(動画も)(3)

ヘッセン州では 住んでいた市町村に埋葬されるのが普通だ。
身内の人が埋葬費用を負担できない場合は 市と郡が経費を
負担する。しかし墓の手入れを継続する費用は 公的負担の
範囲外だ。ホームレスには家族がない。墓は荒れる。ホーム
レスの施設に住むサシャは「ホームレスに最後の栄誉と威厳を
与えたい」と言う。マンフレッドは「一日に何かすることがあるように
と、墓の作業をしている」と言う。仲間のハキ(51歳)は「手伝いが
必要なら 私も手伝う」と言う。「一日中 施設で うずくまって
いるのは退屈だ」。
墓の手入れのためのボランティアは いつも十分な人数が集まる。
手入れのための土・花・木材の経費は 教会の社会福祉事業が
負担する。このプロジェクトによって 多くのホームレスが知り
合えた。ホームレスは追憶するという文化を持ちたい。助けあい
たい。「私達は誰のことも忘れないということを ホームレスは
理解する。死んだ後も 私達は ホームレスのために居る
ということを ホームレスは理解する」と施設の責任者は語る。(おしまい)
下記サイトから:
http://www.stern.de/panorama/gesellschaft/obdachlose-pflegen-graeber-verstorbener-obdachloser-6840968.html

  


Posted by 伝兵衛 at 15:55Comments(0)路上生活

2016年05月14日

ホームレスが亡きホームレスの墓地の手入れをする(動画も)(2)

墓地整備プロジェクトは 参加するホームレスの 一日の生活に
メリハリを与えるのに役立つ。することが 少ないと、一日が ただ
過ぎて行くだけになる。参加者は施設の指導者と一緒に 木製の
十字架を作り、骨壷を入れた墓の縁取りを作る。この作業によって
達成感が得られ、人との結びつきも起きる。
多くのホームレスにとって 死と向き合うことは 日常のことだ。
どん底に居た人にとって死は中心課題だ。ホームレスが 自分の
所属する場だと感じられる所に埋葬されることが 特に大切だ。
「住む家のない人も 人とのつながりのある環境をもっている」と
作業指導者 メクレンブルクは言う。経費がかかるという理由で
人が無名のまま どこかに埋葬されることを メクレンブルクは
拒否する。「それは威厳を損なうことだ」。(つづく)
下記サイトから:
http://www.stern.de/panorama/gesellschaft/obdachlose-pflegen-graeber-verstorbener-obdachloser-6840968.html

  


Posted by 伝兵衛 at 18:36Comments(0)路上生活

2016年05月13日

ホームレスが亡きホームレスの墓地の手入れをする

ホームレスの人が亡くなると埋葬は しばしば市町村が引き受ける。誰も面倒を
みないので、その後 墓地はしばしば荒れ果てる。ヘッセン州ヴィースバーデン
では そうではない。(ヴィースバーデンはドイツ最大の温泉地として名高い)。
マンフレッド(56歳)は墓地に着くと 亡くなったホームレスの墓を探す。路上生活者の
墓は雑草に囲まれているので分かる。2004年に亡くなったヴォルフガングの墓も
草に囲まれている。享年わずか54歳だった。
マンフレッドはクワとシャベルで作業にとりかかる。「墓は私達がいないと、完全に
荒廃する」。ホームレスのための施設は ヴィースバーデンのプロテスタント教会の
社会福祉事業が運営している。墓地整備グループは その事業の一つだ。墓地手入れ
グループが できて6年になる。(つづく)
下記サイトから(動画もあり:
http://www.stern.de/panorama/gesellschaft/obdachlose-pflegen-graeber-verstorbener-obdachloser-6840968.html


  


Posted by 伝兵衛 at 16:14Comments(0)路上生活

2015年06月06日

ホームレスは罰金刑になるおそれがinロンドン

ロンドンのHackney区域でホームレスが路上で寝たり、
物乞いしたりすると1千ポンドまでの罰金を支払わなければ
ならないことになった。罰金を支払わなければ、裁判により 
千ポンドを支払えるように働かせる。
一方、このホームレス差別を止めさせようというオンライン
請願に 3万人が署名した。そとで寝ることが犯罪だと言う
のは理不尽であり、そういう「犯罪」のために罰せられては
ならないと 請願は要求している。
下記サイトから:
http://www.stern.de/panorama/london-obdachlosen-im-stadtteil-hackney-drohen-hohe-geldstrafen-fuers-schlafen-und-betteln-2198672.html

  


Posted by 伝兵衛 at 08:27Comments(0)路上生活

2015年04月20日

ホームレスinリオデジャネイロ(写真集)(下)

苦悩の中で結び合う人々。
出口のない状況・悲哀・心のこもった関係を撮した写真8枚は 
下記サイトで見られる。ゲッティイメージ社の写真家 Mario Tama による。
http://www.sueddeutsche.de/panorama/obdachlose-in-rio-de-janeiro-im-leid-vereint-1.2420361
写真6. ジャイナと息子ガブリエルが前に住んでいた地区を
離れて 路上生活するようになったのは、近所で暴力が多発
したからだ。リオでは 路上生活だけでなく、激しい暴力も
問題になっている。2000年台初めのリオの殺人率は 住人10万人
あたり60人だった。これはドイツの60倍になる。しかし状況は
良くなっている。2008年11月に始まった「ファベラ平和プロ
グラム」などのお陰で、貧困地域を担当する特別の警官が
増やされた。
写真7. マリアは3年間 路上で暮らした。
写真8. 写真家タマが バネッサとエゼキアルに出会ったのは 
リオの西部にある公園でだった。路上生活をしていても失われ
ない誇りを タマの写真は大切にしている。エゼキアルはネック
レスをしていて、写真の焦点は パートナーのイヤリングに合わ
されている。(おしまい)

写真 by SACHI
  
タグ :ブラジル


Posted by 伝兵衛 at 07:42Comments(0)路上生活

2015年04月19日

ホームレスinリオデジャネイロ(写真集)(上)

苦悩の中で結び合う人々。
出口のない状況・悲哀・心のこもった関係を撮した写真8枚は 
下記サイトで見られる。ゲッティイメージ社の写真家 Mario Tama による。
http://www.sueddeutsche.de/panorama/obdachlose-in-rio-de-janeiro-im-leid-vereint-1.2420361
苦しみを分かち合うために 二人だけの関係を求める
人々の物語を 彼の写真は示している。
写真2. 愛着関係と愛は 路上で生きるための大切な錨で
ある。写真の女性の腕の色あせた文字は Armor(愛)。
3.人との結びつきは リオの路上生活者にとって決定的に
大切だ。約5500人が この都市で路上生活している。この若い
女性は 中心部にある公園で火をおこして料理している。
4. Robson Mattias は家族と路上で暮らす。リオの人の
平均収入は約245ユーロ。
5. この二人は公園で住んでいる。眠っている彼女の顔を
バティスタは見つめる。バッグと段ボール箱の中に二人が
拾ってきた物が入っている。
(つづく)

写真 by SACHI

  
タグ :ブラジル


Posted by 伝兵衛 at 08:38Comments(0)路上生活