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プロフィール
伝兵衛
伝兵衛
オーナーへメッセージ

2015年11月30日

良いコミュニケーションのために

医者になって20年目のころ、ワシントンのホスピス研修に行った。
ホスピス・ケアの専任ナースが「大切なことは 痛みや症状の
コントロールをすること、場面ごとに選択肢を説明し、選ぶのは 
あなたと言ってあげること。それにコミュニケーション」と言った。
仲間の一人が「良いコミュニケーションを獲得するコツは?」と
聞いた時、専任ナースは Good question! と言って、
言い放った Only listening.
徳永進、”コミュニケーションとディスコミュニケーション”月刊図書 
2015年10月号、p.38~40.から抜粋。


  


Posted by 伝兵衛 at 18:15Comments(0)こころのケア

2015年11月29日

子どもが悪い友達をもったら(下の三・最終)

「悪い」友だちでは なさそうだが、それでも その付き合いが
苦しいと言うことが 一方的関係では ありえる。一人が もう
一人を支配するとか、見下したりする場合である。「子どもが
不安であるような振る舞いをしていたり、他の友だちと遊ば
なくなったりすることがあると、そういう支配的友人関係に
あるのだなと 親は気づく」とMarion Pothmann は言う。そういう
時は その付き合いをやめて別の友だちを つくるように親は
子どもの手助けをすることが大切だ。
しかし力関係が それほど一方的であることは稀だ。「自分の
子どもが誤った方向へ導かれたという考えは 通例 単純
すぎる」とEngel は言う。つまり相手の子が 悪いだけでなく、
自分の子も また悪いということが よく ある。
下記サイトから:
http://www.welt.de/gesundheit/psychologie/article147715332/Was-tun-wenn-mein-Kind-die-falschen-Freunde-hat.html


  


Posted by 伝兵衛 at 09:42Comments(0)少年非行

2015年11月27日

子どもが悪い友達をもったら(下のニ)

もし付き合いを禁止するとしても、禁止は最後の緊急策であるべきだ
とMarion Pothmannは言う。禁止は問題点が多い。なぜなら 禁止は
特に青少年の場合、抵抗の行動を呼び起こすからだ。親が友だちを
禁止すると、子どもは友だちに 大変 興味をもつようになる。
禁止の代わりに 次のことが役に立つ:なぜ友だちと一緒にいたい
のかを 子どもと話し合い、質問する。自分の心配なことを言う。
親が自分の少年・少女時代の記憶をよみがえらせることも 時には
役に立つ。どの親も 子どもの頃に親と正しい友だち・悪い友だちに
ついて言い争ったことがあるものだ。(つづく)
下記サイトから:
http://www.welt.de/gesundheit/psychologie/article147715332/Was-tun-wenn-mein-Kind-die-falschen-Freunde-hat.html

  


Posted by 伝兵衛 at 16:13Comments(0)少年非行

2015年11月26日

子どもが悪い友達をもったら(下の一)

「一層 大切なのは 幼い頃から家庭で対話する習慣を育てていくことだ」と
心理学者Marion Pothmann は勧める。家族が話しかけてくれて、自分の
ことを家族が聞いてくれることに 子どもが慣れていると、少年期になっても 
仲間と全ての経験を語れることは ないとしても、かなりの経験を語れる
だろう。あるいは友だちを家に連れてくるだろう。「個人的に知っていれば 
親の心配は しばしば根拠のないものだったと言うことが 分かるものだ」
と Andreas Engelは言う。
年長の子どもの友だち付き合いについて 親が影響を及ぼしても、それは
限定されたものだと Marid von Salish は言う。友だち付き合いが悪用
されたり、壊れたりするのは 辛いことだ。「しかし それも また大切な
経験になる」。
しかし 親がもはや傍観していられなくなり、自分の子どもが状況を独りで管理
することが できないだろうと親が思う場合に、どうしたら良いか?たとえば
遊びに麻薬が使われたり、暴力が振るわれたりしたら どうなるか?(つづく)
下記サイトから:
http://www.welt.de/gesundheit/psychologie/article147715332/Was-tun-wenn-mein-Kind-die-falschen-Freunde-hat.html


  


Posted by 伝兵衛 at 15:45Comments(0)少年非行

2015年11月25日

子どもが悪い友達をもったら(中)

小学生になると 友達付き合いを自分でやっていく。
親が遊ぶ日を決めるわけでなく、子どもは遊びの
約束を自分でする。友達付き合いすると言うことは 
人間を詳しく調べることだと リューネブルク大学の
発達心理学者 Maria von Salish 教授は言う。「まず
外見に基いて互いに注意を払うようになり、それから
共有しているものを探し、同時に次の選択肢を探し
求める」。これは 家庭内の守られた空間のそとで 
初めてする対人関係の作業になる。
子どもが高学年になるにつれて、親の家で友達と
遊ぶことは少なくなる。青少年は町の中や 地域の
スポーツクラブで出会ったり、スマホで連絡しあう。友人は
親にとって まったく知らない人になる。「友だちと言うが、
いったい いつも何をしてる人かいな?」と聞き出そうと
しても めったに満足の答えは返ってこない。こういう
質問は 不安を引き起こすことがある。(つづく)
下記サイトから:
http://www.welt.de/gesundheit/psychologie/article147715332/Was-tun-wenn-mein-Kind-die-falschen-Freunde-hat.html



  


Posted by 伝兵衛 at 14:21Comments(0)少年非行

2015年11月24日

子どもが悪い友達をもったら(上)

悪い友は薬物を使うように誘ったり、パーティのことしか考えないと
親は思うだろうが、子どもは親が了解した友達と求めるとは 限ら
ない。心理士は 親の介入について警告する。
友達みなが タバコを吸うので、娘が最近 煙草をすうようになった。
こういう場合に親は子どもが悪い友達をもったという不安を募らせる。
これまで家族の中で適用してきた規則について、同年齢の
子ども達の影響によって 子どもは疑問をもつようになる。
「特に青少年にとって、同年齢の人は大変 大切だ」と心理学者
Andreas Engelは言う。同年齢の人からの影響は現実的である。
「家族の範囲を超えて、外界を見ることは 子どもの発達にとって
大切だ。子どもが社会の中での 自分の位置を見つけるのを、
友人との付き合いは 助けてくれる」と彼は言う。
子どもが年長になるにつれて、友人の相対的価値は大きくなる。
「幼稚園の年齢の子の場合、友達とは 一緒に過ごす子どもの
ことであると Marion Pothman は言う。Pothman は「子どもは
友達が必要だ」という本を書いた。幼稚園の子にとって友達は
今日はマックで、明日はアンナであるかも知れない。小学校に
はいると互いに似た関心事をもつといいうことが 大切になる。
誰と友達になりたいかと言うことについて、もっと厳しく見る
ようになる。(つづく)
下記サイトから:
http://www.welt.de/gesundheit/psychologie/article147715332/Was-tun-wenn-mein-Kind-die-falschen-Freunde-hat.html

写真は和歌山城の南、岡山の時鐘堂。

  


Posted by 伝兵衛 at 16:42Comments(0)少年非行

2015年11月22日

芸術療法・接着剤アートによる

木工用接着剤にペンキを混ぜたもので絵を描く「ボンド アーティスト」
富永ボンドさんは 佐賀県多久市に暮らし、西九州大学リハビリテー
ション学部の研究者と芸術療法に取り組んでいる。認知症や精神障害の
人に接着剤を使って絵を描いてもらう。描けない人には 富永さんが
描いている姿を見せる。
こうした病気の治療にアートが有効であることの科学的検証は まだない。
でも絵は誰にでも描けるし、手を使って何かを作ることは 人間の心と
体に良い作用を及ぼすはずだと 富永さんは信じている。
彼の両親と弟は重い精神疾患にかかり、家族がばらばらになってしまうという 
つらい経験をした。そうは ならない道があったのではないか、何か自分で
できたのではないかと、今もよく考える。
下記から抜粋:日本経済新聞2015年10月20日(火)の文化欄、
見出し:接着剤アート縁をつなぐ~人前で描いた僕と誰かの証し、共に描けば心も癒やす。

写真提供・lovefreePhoto  


Posted by 伝兵衛 at 17:25Comments(0)こころのケア

2015年11月21日

自殺。遺された人の苦悩(15,最終)

兄の自殺についてアンネは恥辱を感じないで、正直に話している。
このことをなぜ彼女は秘密にしないといけないのか?悪い経験を
したことも、拒絶されたこともない。友人たちと一緒にいても、
同僚のそばにいても、そういうことはない。兄を埋葬する時に、
兄について愛情のこもった言葉を牧師に求めたときにも、
悪い経験はなかった。「私がクリストフの死について話すときに、
いつも泣き出すことがないのを 多くの人は驚くと 私は思う。
しかし自殺は今までの私の人生で幾度も起きていた。」兄が
死んだ後 彼女の知人が自殺した。1年前には友達が服毒死した。
アンネは手首に兄の名を入墨した。彼女が髪をかきあげると、
クリストフという入墨が見える。兄への思いを守ることが 
彼女には大切だ。兄の遺骨の一部は彼女の部屋に置いて
いる。本棚に骨壷がある。映画のDVDのボックスと並んで。
(連載おしまい)
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2015/43/selbstmord-suizid-selbstbestimmung-verlust-hinterbliebene/seite-4

  


Posted by 伝兵衛 at 17:08Comments(0)自殺

2015年11月19日

湯豆腐や・・・

久保田万太郎の句:
湯豆腐や いのちの はての うすあかり。
これは 作者が晩年になってようやく得た伴侶を不意の病で
失った後に 作られたという説と、晩年に御子息を亡くした後に 
作られたという説も読んだ ように思い出します。

  


Posted by 伝兵衛 at 18:23Comments(0)

2015年11月19日

びわこダルク13周年フォーラムお知らせ

2015年11月21日(土)10時~16時。
場所:大津市生涯学習センター
問い合わせ:びわこダルク 077-521-2944
講演:「薬物依存者の"生きる”を支援する」
三重ダルく代表 市川岳仁さん(精神保健福祉士・
龍谷大学修士)

写真は南海電車 孝子駅の北西にあるコーヒー店。
駅の東南の小川に一昨年まで蛍がいた。バイパス工事の
ため川は改修され、蛍はおそらく救出されなかった。

  


Posted by 伝兵衛 at 12:28Comments(0)薬物依存症回復支援

2015年11月18日

自殺。遺された人の苦悩(14)

(元の記事は長いので この抜粋は おそらく15回の連載になる)
アンネも幾年か前に自殺しようとした。クリストフのように森の中で。睡眠剤で。
あの絶望感・あの深い暗黒・大きな空虚を彼女は知っている。
「他の人達がクリストフのことを怒っているのが 私には腹が立った。]
若い健康な男の人が "自分を殺す"とは、どういうものか誰も理解する
ことが できなかった。両親も自分で自分を責めた。」
「自己を殺す」という言葉を 遺された人々は しばしば心を傷つける
言葉として受け止める。自死は良い。しかし愛する身内が 自己を
殺す人になるとは、何ごとぞ。それは 理性・思慮分別を 亡くなった
人から奪う表現では ないか。自己の死の時を決めることは 一人の
人の個人的な自由に属する。たとえ自死の決定が遺された人の心を
苦しめるとしても。
兄が車の事故で死んだとしたら、彼女は事故を起こした他人に激怒
するだろう。しかしクリストフは死を選んだ。そのことで 彼女はより
良く生きることが できるように思う。何となくだけれど。特にクリスマス
と彼女の誕生日には兄がいないのは 寂しい。真夜中に ハッピー
バースディと言うために 彼女のそばに来てくれた。その声は もう
聞けない。今は友達がハッピーバースディと言ってくれる。(つづく)
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2015/43/selbstmord-suizid-selbstbestimmung-verlust-hinterbliebene/seite-4

  


Posted by 伝兵衛 at 18:00Comments(0)自殺

2015年11月17日

自殺。遺された人の苦悩(13)

(元の記事は長いので この抜粋は おそらく15回の連載になる)
アンネは視線をあげた。クリストフは死んだ。涙も でないし、
怒ってもいない。ただ死んだ。それはクリストフの話しだった。
アンネはどうなったか?
「兄はいつもユーモアがあった。焼かれるのは嬉しいと遺書に
書いていた。私は泣いて過ごし、疲れ果てていた時だった。
遺書を読んで笑えた。遺書の中に兄がいるのを感じて、目の
前に兄が見えて、兄は死ぬことを望んでいたのだと知った。
兄は死を意識して選んだ。そのことを私が悪くとることは 
できない。兄に腹をたてることは できない。
一瞬 沈黙があった。アンネは兄が自分で選んだ死を簡単に
受け入れたのかと言うと、簡単ではなかったとアンネは言う。
しかしアンネは兄の決定を尊重する。彼の独断・単独行に
敬意を払う。誰でも、もうこれ以上どうにもならない場合に
立ち去ることが許されている。
アンネは何もかもが暗かった時のことを 語り始めた。泣いて、
泣き続けた。兄がいないことが辛い。毎日 辛い。兄の死は
兄が自分で決めたことだった。両親と違って、アンネは 兄の
自己決定に対応することができる。そう考えると、生き続ける
ことが楽になる。なぜなら 自己決定とは 兄にはそうする根拠が
あるということだ。そして 私のせいでは ないと言うことだ。(つづく)
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2015/43/selbstmord-suizid-selbstbestimmung-verlust-hinterbliebene/seite-4

  


Posted by 伝兵衛 at 14:10Comments(0)自殺

2015年11月15日

自殺。遺された人の苦悩(12)

(元の記事は長いので この抜粋は おそらく14回の連載になる)
家族は協力して、クリストフの最後の一日を組み立てた。
月曜の夜、兄は映画館へ行くと言ったが、彼の消えた日に
映画館へは行っていなかったということを家族は知った。
彼は文房具店へ行って、便箋を買った。
幾日もの間、アンネは兄の行方を追った。2週間すぎた。
兄の31歳の誕生日の三日前に 兄の遺体が黒焦げに
なった車の中で見つかった。レンタカーだった。死因は
一酸化炭素中毒。
「ショックだった。兄が自殺するか?兄が死んだと聞いた
瞬間は 理解できなかった。しかし兄は実際、自分の命を
断った」。ここでアンネはコーヒーを一口 飲み、また話し
始めた。「兄は車の中に遺書を残していた。なぜ死んだ
のかを理解するのに遺書は役に立った。なぜなら兄は
長い間 生きる意欲を失っていたということが遺書に
よって はっきりしたからだ。兄は惨めだったのだ。
悲しみに沈んでいた。彼が 長い年月 それ程 悲し
かったということは 私には辛い。私達は知らなかった」。(つづく)
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2015/43/selbstmord-suizid-selbstbestimmung-verlust-hinterbliebene/seite-4

  


Posted by 伝兵衛 at 17:49Comments(0)自殺

2015年11月14日

忠犬 松雄からメールきた

松雄からメールが来たという夢を 11月12日の未明にスタッフが
見ました。松雄は スタッフの飼い犬で、老衰のため 一昨年
なくなりました。
その夢: 日本語でなく 他の言語でもなく、絵文字でもない
メールがダルクに届き、困ってプリントアウトして スタッフに
まわしたら それは 犬語で書かれた 松雄からのメールであった:
「あれから 死出の山を超え、三途の川を渡り ブジに浄土に
ついた。和歌山も寒うなる頃なんで 気ぃつけてな。支援者も
家族会の人も皆 歳とってきたから ムリしやんように」。

写真 右下が松雄の絵
  


Posted by 伝兵衛 at 08:34Comments(1)

2015年11月13日

明日 日本ダルクの近藤さん講演@和歌山市

2015年11月14日(土)14時~15.30 
会場 和歌山ビッグホエール
テーマ: 依存症とは何か
近藤恒夫さんは 30年前に 薬物依存症者回復支援組織
ダルクを立ち上げ、自身の依存症と向き合いながら、
仲間の回復支援に尽力してきた。
定員:250人(申し込み不要、先着順)入場無料。
会場が満員になった場合には 入場を締め切ることがある。

この講演は「わかやまこころのフェスタ2015」の一部。フェスタは
13時から15.30まで。13時~13.15 グループ活動紹介と
ジャンベ演奏。13.15~13.30 表彰式。
主催:和歌山県庁
問い合わせ:和歌山県精神保健福祉センター TEL073-435-5194

  


Posted by 伝兵衛 at 08:53Comments(0)

2015年11月12日

自殺。遺された人の苦悩(11)

(元の記事は長いので この抜粋は おそらく14回の連載になる)
火曜日に兄クリストフは いなかったと母は言った。兄は月曜の夜、家に
帰らなかった。普通では ないことだった。よそに泊まると言う連絡は
なかった。電話も かけてこなかった。どこに居るのだろう?
「それから兄に連絡をとろうとした。携帯電話は つながらなかった。
新しい職場へ電話した。しかし彼らは 兄の名前を知らなかった。
それから 奇妙なことになった。」以上は 下記サイトから:
http://www.zeit.de/2015/43/selbstmord-suizid-selbstbestimmung-verlust-hinterbliebene/seite-3
以下は下記サイトから:
http://www.zeit.de/2015/43/selbstmord-suizid-selbstbestimmung-verlust-hinterbliebene/seite-4
家族は調べ始めた。兄はなぜ新しい職場などと嘘を言うたのか?
アンネは兄の友達に尋ねた。クリストフが最後に会ったのは誰か?
近所の警官が支援してくれた。
数日後、兄が秘密を持っていることをアンネは知った。兄は大学に
入って、一学期だけ大学に行った。大学へ幾年か通ったという
のは嘘だった。彼は情報学をずっと前にやめていた。しかし誰も 
そのことを話さなかった。新しい職場などなかった。そして数千
ユーロの借金をしていた。クリストフは深刻な問題をもっていた
ことが 段々、分かってきた。(つづく)

写真提供:lovefreePhto  


Posted by 伝兵衛 at 17:25Comments(0)自殺

2015年11月11日

自殺。遺された人の苦悩(10)

(元の記事は長いので この抜粋は おそらく13回の連載になる)
アンネも 兄の自殺を誰も とめられなかっただろうと思う。人生は
生きるに値するということを 兄のクリストフに誰も納得させられ
なかった。3年前のことだ。
アンネは税務専門の事務員で、29歳。ルール地方で三室の
マンションに住む。テーブルにチョコレートを置き、コーヒーを
いれてくれた。椅子に座り、深呼吸し, 「何から話そうか?」。
2012年10月の金曜だった。兄と最後に会ったのは。いつもの
ように その日も兄は働いていた。兄と長々と話して、アンネは
週末に旅に出るので別れた。アンネは月曜に週末旅行から帰って、
夕方 物理療法を受けに行って その後寝た。兄は家に居なかった。
IT専門家だった兄は 職場を代えて、初めて出勤する日だった。
次の日にアンネは兄に新しい仕事について尋ねるつもりだった。
二人は一日 会わないことも よくあった。(つづく)
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2015/43/selbstmord-suizid-selbstbestimmung-verlust-hinterbliebene/seite-3


  


Posted by 伝兵衛 at 09:16Comments(0)こころのケア自殺

2015年11月10日

自殺。遺された人の苦悩(9)

(元の記事は長いので この抜粋は おそらく12回の連載になる)
息子が死んで数週間たって、遺族は自殺者の身内のための自助
グループを探しだした。遺族でない他の遺された人々も 拒絶された
という感情や孤立感について語った。
自助グループのある女性は 夫の家族と同居していて 夫がその家で
首をつった後、夫の家族が彼女に背を向けたことを語った。「夫の
兄弟は 自殺は私のせいだと言った。なぜなら私が数ヶ月前に
引っ越していったからだと言う。しかし私に どうしろと言うのか。
夫は大酒飲みでウツだった。私も こういうことが起きるのを望んで
いなかった」。夫の家族との接触を断って、妻は引っ越して行った。
いま自殺のあと5年たって、彼女は言う:「たとえ当事者について
何かおかしいと身内が気づいたとしても、たとえ当事者に本心に
立ち返らせるように説得できたとしても、分別が長く続くということを
誰が請け合うのか。ウツになった人が助けさせようとしない場合に 
その人が自殺することを 誰が阻止できるのか?夫に自殺をやめ
させることが その時に私にできたと しても、遅かれ早かれ
夫は自殺しただろう。時間の問題だった」。(つづく)
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2015/43/selbstmord-suizid-selbstbestimmung-verlust-hinterbliebene/seite-3

  


Posted by 伝兵衛 at 16:01Comments(0)自殺

2015年11月09日

自殺。遺された人の苦悩(8)

(元の記事は長いので この抜粋は おそらく10回以上になる)
途方に暮れた状態をトルステンも2年前に息子に自殺された後に経験した。
息子は女友達と喧嘩して、すぐに車に乗り、木に正面衝突して即死した。
息子は家族に自殺するぞと 幾度か言っていた。実際に死ぬとは 
トルステンは信じなかった。息子は心の病気を患っていて、何年もの
間 治療を受けていた。
私達の友達の大半は 私達の悲しみに 対応することが まったく 
できなかった。彼らは 特に 根気がないと言うか、気長にする気持ちが 
なかった。わずか数ヶ月たてば、また元気になると彼らは思っていた。
しかし息子に死なれているのに「人生はまた動いていく」と言われても、
どうにも ならない。確かに人生は動いていくが、今までと違ったふうに 
動いていく。
家族は孤立し、新しい友人の輪をつくる。トルステンは大きなパーティは避け、
引きこもりがちになった。道を歩いていて、向こうから来る人が 道の反対側に
渡っていくこともあった。私達の社会の自殺は 確かに昔とは違う。私に罪と
地獄を思いださせようとする人はいない。とは言うものの どう振る舞って
いいか分からなくて 困っている人もある。(つづく)
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2015/43/selbstmord-suizid-selbstbestimmung-verlust-hinterbliebene/seite-3

写真提供: 朝間潔さん  


Posted by 伝兵衛 at 15:51Comments(0)自殺

2015年11月08日

自殺。遺された人の苦悩(7)

(元の記事は長いので この抜粋は おそらく10回以上になる)
周りの人達は黙りこむ。恐ろしいことだ。人は 大きい傷を負いながら一生を
過ごすことになる。しかし 誰も そのことを理解しないようだ。自分で経験
した人だけが それがどんなに辛いことか知っている。ともかく友達たちには
話すことができた。みんなから見捨てられ、まったく独りで喪失を片付けなければ
ならない人もある。そのうちに人々はウーテの名を口にするのを止めた。それも
辛いことだ。ウーテが存在しなかったかのように 名を口にするのを止めるのは
耐えられない。常に罪の問題、恥がある。ウーテが癌で死んだなら、私も共感
してもらえたろうにと思う。
マヌエラは体験したことを 必ずしも語りたいのでは ない。多くの人は
こういうことに どう対処すべきか 知らない。何でもないことで あるかの
ように振る舞うのは解決にならない とマヌエラは言う。「その場に象がいるのに
大きい象を誰もが見たくない」ような状況は 解決ではない。ときには黙って
抱いてくれるだけで いい。「前と同じように また居てくれるのは 素晴らしい」
と彼女に言ってくれた人がいた。あなたのことを思っている、あなたと同じ
気持ちだ、ということを知らせてくれる人もいた。(つづく)
下記サイトから:
http://www.zeit.de/2015/43/selbstmord-suizid-selbstbestimmung-verlust-hinterbliebene/seite-2

写真提供・lovefreePhoto
  


Posted by 伝兵衛 at 17:11Comments(0)自殺