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伝兵衛
伝兵衛
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2016年07月11日

赦し とは

深井智朗(ふかい ともあき・ドイツ宗教思想史)、”ヒラリー・クリントンを
慰めたティリヒの説教”、月刊「図書」2016年7月号 p.20~24 から抜粋:

パウル・ティリヒ(1886~1965)はフランクフルト大学の哲学部長であったが
ナチスによって停職処分され、アメリカに亡命し、ついにはハーバード大学
教授となった。前世紀を代表する神学者。
深井智朗、”パウル・ティリヒ「多く赦された者」の神学”、岩波現代全書、
2016年 は 性的依存症であり、歩けなくなるまで強い酒に溺れる 
社会性の欠如したティリヒを紹介する。
(★ブログ管理人の蛇足:和歌山ダルクにアルコール依存症者も処方薬
依存症者も来てくれています。ティリヒは大酒飲みでありながら 長生き
された。多くの依存症者は短命です)。

ティリヒは 自分がいかにして救われるか、ということにこそ関心があった、
との仮説に基いて彼の人生と思想を 上記の本は再構成した。
人間の罪を、キリストにおける贖罪に示されているとおり、どんなことを
してでも赦し、救いの約束を誠実に守ろうとする神自身の真実に出会う時、
それに応答する信仰を持ち、正しい生き方をするようになる。それが
「信仰義認」の本来の解釈であろう。
しかしティリヒはこれを自由に解釈し、独特な理解を展開した。と言うのも
彼は、「自分自身でも受け入れることができないような自己を、「それにも
かかわらず」赦し、受け入れ、救おうとする神がいるということ、あるいは
彼の言葉で言えば「そのような神の側の真実」があることに、自分が生きて
いられる理由を見出していたからである。
人間は完全な赦し、受容という経験なしに生きてゆくことは できないので
あり、それを救いと呼ぶのだと彼は主張し続けた。
彼は1960年に来日し、大谷光紹(こうしょう)と対談した。大谷は真宗大谷派の
法嗣(法主後継者)であった。大谷はコロンビア大学に留学し ティリヒと親しく
なった。この対談において 彼は過ち多き人間を「それにもかかわらず」神は
赦し、受け入れるという、ルター派の伝統的な信仰義認を大きく逸脱する
ような自らの考えの普遍性を確信したようだ。
彼は「信仰義認」と「他力本願」は同じものでは ないが、誤解のされ方と
それへの対処法について同じであるという結論に至った。
完全な赦しや受容が もし可能であるとすれば、それはただ超越的な存在に
よる完全な赦し以外にはないと確信していた。だからこそ人間にできることは
受け入れられたことを 受け入れることだと考えたのである。それはキリスト教の
伝統や教義との整合性よりは 彼自身の魂の救いを優先させた、極めて
自己中心的な主張であった。しかしそうでなければ 彼は生きて行けなかった。
そして彼は自分が赦されたように他者を赦した。それが彼の生き方だった。
彼は自分自身のために説教をした。「...あなたは あなたよりも大いなる
ものによって、受け入れられている。...今は何もしなくてもよい。おそらくは
後になって多くのことを するのだから。何も求めず、行わず、意図せずに、
ただ自分が受け入れられたという事実を受け取れ」。

  


Posted by 伝兵衛 at 08:52Comments(0)こころのケア