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伝兵衛
伝兵衛
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2016年07月01日

育児放棄・児童虐待(6

母は ほとんど金がなかったのに、外へ出るときは ちゃんと
した身なりをしているように見えた。私も12歳のとき Tシャツ
一つとズボン一つしか持っていなかったのに、身なりは 
まともだった。人形みたいだった。私達はゴミの山の中で
生きていた。私がハンブルクのエリート進学校に通っていると 
母は言い張っていたから、私は ゴミ屋敷にいると言うことを
認められなかったのかも知れない。そして同級生は 私が
困難な環境にいることを知っていた。
12歳のとき もはや耐えられなくなった。人形でいることと、
家で経験していることとの間の綱渡りを することに もはや 
耐えられなかった。思春期になったとき 私は自分自身の
考えを持つようになり、母に反論した。母にとってそれは 
由々しいことだった。私は 母にとって悪いイメージになった。
それから 母は 私と話しすると言い張るようになり、私は
幾時間もの間、母の独白を聞かねばならなかった。他の
子どもの家に行って 初めて 私の家は普通でないという
ことを理解した。(つづく)
以上 下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/leben/vernachlaessigte-tochter-ich-weiss-nicht-ob-ich-ueberlebt-haette-wenn-sie-aufgewacht-waere-1.3035337-2

写真提供:SACHIさん
  


Posted by 伝兵衛 at 13:00Comments(0)児童虐待