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2011年11月04日

ライファーズ(終身刑受刑者)償いと回復の道標8(その三)

(11月2日のカキコミの続き) 
LA-ワッツ

坂上 香 津田塾大 准教授、映画監督。

月刊「みすず」2011年10月号p.38~49から抜粋。本文は買って
読んでください。315円。1年ほど経ったら この連載は 
本になると思います。

●LA南部のワッツ地区。
ケルピンが人生の原点と呼ぶ場所だ。
60年代の半ばまでには、生活保護世帯を中心とした黒人地域と
なった。ケルビンが暮らしたのは、ちょうどその頃だった。

ワッツを訪れる数日前、ケルピンは兄のチャールズと、サウス
セントラルにあるアミティの施設でワークショップを行っていた。
十名程度のグループに分かれ、家族と暴力について語りあう輪の
なかで、ケルピンは兄に向かって、静かに語り始めた。
「俺、いつも夜中じゅう見てたんだ、部屋の窓を。窓からいろんな
ものが見えたよ。賭博、ケンカ、レイプ、死体……チャールズ、俺は
あんたが恐かった。あんたはたいていそこに居た。あんたがしてきた
悪事を、全て、俺は目撃してしまった……」
 
「俺は、無期刑になるずっと前に、人生が終わってるような気が
してた。14歳で(叔父に)刺されて、生死を彷徨ってからは、恐がる
ことすらやめた。何かが決定的に壊れてしまった感じ……魂が死んで
しまった感じ。誰も助けてくれないんだから、どうにでもなれって
思うようになった。ヤクを打ちまくるようになったのは、その頃だった。
ギャングに入り浸って、あたり構わず暴力をふるうようになったのも、
その頃。・・・そもそもなんでこんな人生送らなきやならなかったの
かって……いまだに納得がいかないことが、白分のなかに
わだかまっているんだ」
チャールズは顔を少しあげ、ケルピソを見つめてうなずいた。
遠くを見つめているような、思い詰めた表情だった。


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Posted by 伝兵衛 at 20:21│Comments(0)薬物依存症
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