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伝兵衛
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2018年09月15日

寛治さん(文楽 三味線)逝去


9月5日に 文楽三味線の鶴澤寛治さんが亡く
なりました。最後の舞台は 国立文楽劇場の
夏の公演(7月21日~8月7日)の野崎村の段
でした。
1943年、父 六世寛治に入門。45年の大阪大
空襲の翌日に訪ねた慰問先で 航空隊の隊長
から「平和になれば 必ず文化が大事になる」
と声をかけられた。
約15年間、寛治さんの三味線で浄瑠璃を語った
津駒太夫さんは「山に登る道は いくつか
あり、自身の信じる道を行けばいいと 励まし
てくださった」と惜しむ。
以上 日本経済新聞 2018年9月11日 文化欄
「文化往来」から抜粋。
★ ブログ管理人の蛇足:
先代(六世)寛治さんと津太夫さんの合邦を
聞かせていただいたのは 道頓堀・朝日座で
45年ほど前の ことでした。
亡くなった伊達太夫さんや 緑太夫さんの
ために 寛治さんの述べられた追悼の言葉は 
今も心に残っています。伊達さんと 巡業に
でたときに、当時 団六さんだった寛治師匠が
いくら三味線を弾いても 伊達さんが語り始め
ないので 困った。終わってから伊達さんは
「床本を忘れて床に上がった、すまん」と寛治
さんに 言うた そうです。
どの新聞にも 追悼の記事がでました。ネット
でも:
https://www.sankei.com/west/news/151017/wst1510170002-n3.html

寛治さん(文楽 三味線)逝去



Posted by 伝兵衛 at 21:27│Comments(0)
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