2016年07月12日
育児放棄・児童虐待(11)薬物を使う子どもの居る施設へ
その頃 一時収容施設に入った。そこは 最も荒廃した家庭から来た
壊れた子どもが入る収容所だった。12,13,14歳の入所者の全てが
薬物をしたことがあった。その次に ハンブルクで2年間 支援つきの
寮で過ごした。14歳の時、ミュンヘンにいる父のところへ引っ越した。
18歳でまた そこから引っ越した。
この時代に 当然のことながら 学校からは離れていた。基幹学校
(義務教育後半の課程、第5~9学年。進学高校へ行かない生徒の
ためのもの)の卒業資格を後になって やっと取った。子ども養育士の
資格を取った。今は実業中等学校の教師をしていて、難民の子どもに
ドイツ語を教えている。(つづく)
以上 下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/leben/vernachlaessigte-tochter-ich-weiss-nicht-ob-ich-ueberlebt-haette-wenn-sie-aufgewacht-waere-1.3035337-3

写真提供:SACHIさん
壊れた子どもが入る収容所だった。12,13,14歳の入所者の全てが
薬物をしたことがあった。その次に ハンブルクで2年間 支援つきの
寮で過ごした。14歳の時、ミュンヘンにいる父のところへ引っ越した。
18歳でまた そこから引っ越した。
この時代に 当然のことながら 学校からは離れていた。基幹学校
(義務教育後半の課程、第5~9学年。進学高校へ行かない生徒の
ためのもの)の卒業資格を後になって やっと取った。子ども養育士の
資格を取った。今は実業中等学校の教師をしていて、難民の子どもに
ドイツ語を教えている。(つづく)
以上 下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/leben/vernachlaessigte-tochter-ich-weiss-nicht-ob-ich-ueberlebt-haette-wenn-sie-aufgewacht-waere-1.3035337-3

写真提供:SACHIさん
Posted by 伝兵衛 at 17:14│Comments(0)
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