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伝兵衛
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2008年01月30日

ルポ虐待里親1~9。1月/16-27朝日新聞連載

★この連載をスキャナーにかけてテキスト化しました。
写真は省いています。

ルポ虐待 第6部
里親 (1)
血がつながっていない だからこそ

朝日新聞 2008年1月16日

 アミさんは、児童相談所の職員に連れられて、タイ
ルの敷き詰められた玄関に立っていた。3年前、庭の
木々の葉が赤に黄に色づき始めたころだった。

 中学生にしても華奢な体つき。うつむき加減で目を
合わそうとしなかったが、 「あら、かわいい子」と
いうのが、「里親」になるこの家の主婦、マリコさん
(59)の第一印象だった。

 家で暮らすのは、マリコさんと夫、やはり里子の小
学生のケンくん。「うちは、だれも血がつながって
いない。だからこそ、家族として仲良くしようね」。
和室で向き合って座ると、マリコさんは言った。

 2ヵ月前、アミさんはタンクトップにパンツ姿で、
児童相談所の前に立ちすくんでいた。カバンも附布も
持たず、自宅から歩きづめできた。勇気を振り絞って
建物の中に入り、職員を見つけると訴えた。
 「ママに虐待されている。助けて」
 幼いころ両親が離婚した。最初に引き取られた父
から暴力を受けた。次に暮らした母からもたたかれ続
け、「反発したら倍やってやる」と脅された。

 こんなにママに嫌われているんだから、いない方が
いいのかな。自殺しようか。しなくても、いつか殺
されるんだろうな。でも、やっぱり死にたくない-
-。児童相談所に駆け込んだのは、心を決めた末のこ
とだった。

 里親のもとで暮らすことを希望した。かつて数年間、
児童養護施設で暮らした経験があったからだ。規則が
多く、子ども同士の人間関係は難しかった。そのとき、
数日間だけ里親に預けられたことがある。両親と一緒
に暮らすことができる「普通の子」に近いと思った。

 2階の6畳間がアミさんの部屋になった。アミさん
が持ってきた荷物は、一時保護所でつくったカレンダ
ーと自分で描いた絵だけだった。着替えもなかった。
空っぽのタンスと布団が置かれた部屋に、マリコさん
が知人からもらった学習机を運んだ。

 マリコさんは前年に、親と暮らすことのできない子
どもを家庭で預かる「養育里親」として自治体に登録
したぱかりだった。子どもに恵まれず、里子として来
た子どもと、いずれ養子縁組できるもしれない、と考
えたことがきっかけだった。けれど、数日から数週
間ずつ、10人近い子どもを預かるうち、家庭を、大人
を必要とする子どもがこんなにも多いと知り、力にな
りたいと思うようになっていた。

 虐待を受けた子どもを長期に預かるのは初めてだっ
た。「仲のいい『家族』の一員になって楽しく過ごせ
ば、傷は癒えるはず」と信じていた。

 一方のアミさんは、母の虐待から逃れてほっとした
気持ちと、新しい生活への不安でいっぱいだった。初
めてもらった自分だけの部屋に座っても、うれしいと
思う余裕はなかった。

 この日の記憶は薄く、マリコさんが出してくれたシ
ョートケ-キが、イチゴがたっぷり入っていて、すご
くおいしかったこと以外はぽやけている。
       (文中仮名)

里親制度: 保護者がいないか、保護者に監護させる
ことが不適当と認められる原則18歳までの子の養育
を、都道府県などが里親に委託する。養育費と里親へ
の手当が支給される。1年以内の期間が決まっている
「短期里親」、被虐待や非行などの問題がある子を育て
る「専門里親」、3親等内の親族を育てる「親族里親」、
そのほかを指す「養育里親」がある。専門里親は、3年以
上の養育里親経験などの要件を潤たし4ヵ月程度の研
修を修了する必要がある。
07年3月末で里親の登録者は7882人、里親のもと
で暮らす子は3424人。
    ◇
  「ルポ虐待」第6部は、里親家庭の様子を紹介しま
す。文は松尾由紀、写真は川村直子が担当します。

 ◆児童虐待をめぐる体験や連載への意見をお寄
せ下さい。〒530・8211朝日新聞大阪本社虐待問
題取材班へ。ファクス (06・6201・3958)、メール
(o-syakai2@asahi.com)。住所、氏名、電話番号を。

ルポ虐待 朝日新聞 2008年1月17日

里親②
逃げたかっただけなのに

 里親のマリコさんの家で暮らし始めた中学生のアミさん
は、すぐに新しい暮らしになじんだかのようだった。やは
り里子の小学生ケン君とじゃれ合って遊ぶ様子に、マリコ
さんは、本当の姉弟みたいと感じもした。

 ところが半月もすると、ため息をつく場面が増えた。
  「話しかけてるのに、なんで無視すんの!」。荒らげる
声に気づき、マリコさんが家事の手を止めて振り返ると、
アミさんがギッとした顔で立っていた。「気づかなかった
のよ、ごめんね」と説明しても、アミさんはにらみ続けて
いた。

 かと思えば、マリコさんが話しかけても無視したり、
 「はあぁ?」 「わからん」と不愉快そうに答えたり。
「食器を取って」 「片づけして」といった小さな頼み事
にも嫌な顔を見せた。かぜで寝込んだマリコさんの枕元に
靴下を 「洗えてない!」と投げつけたこともあった。

 一緒に食卓を囲んで手料理を食べ、その日の出来事を話
す。そうすれば家族になれる、心の傷も癒える、とマリ
コさんは信じていた。なのに・・・。

「家族なんだから、楽しくやろうよ」 「アミがふてくさ
れてたら、みんなも困るよ。家族なのに」。マリコさんは
繰り返した。
 でも、アミさんには、その 「家族」という言葉がしっく
りこなかった。血もつながっていないのに。ほんとの家族
じゃないのに。私は、虐待から逃れたかっただけーー。聞
くたび、心の中で反発していた。
      (文中仮名)

ルポ虐待
朝日新聞 2008年1月18日
 
里親 (3)
深い傷どう接したらいの

 里子のアミさんの反抗ぶりに、マリコさんは自信を失いは
じめていた。
 「私、奥さんにつっかかってばかりいるの」。アミさんがマ
リコさんの知人たちにそう話すのを聞いたときは、心が凍る思
いだった。アミさんの表情は得意げで、言うことなんか聞くも
んかと誇示している気がした。

 わざと反抗しているんだ。どうしてそれを他人に言うのか。
私のメンツをつぶすのか。こんなんだから、親にだってたたか
れるんだ。

 一方で、虐待がアミさんに残里親を手伝い、洗濯物を干す
深い傷どう接したらいいのした深い傷を前に戸惑うことも
多かった。

 ある夜、台所に座っていたマリコさんのそばにアミさんが来
て、ぽつりと言った。.「奥さん。私、だめな子、とかできな
い子、とか否定されること言われるのが一番嫌なんだ」

 もう1人の里子のケン君にマリコさんが「宿題しなさい!」
と大声をあげたとき、隣の部屋にいたアミさんが上着のマード
をさっとかぶり、床にふせたこともあった。
 アミをしかったわけじゃないのに。身を守るように体を丸め
たアミさんは、しばらく□をきかなかった。
 この子とどう接したらいいのか。マリコさんの悩みは深まる
ばかりだった。

 そんなとき、児童相談所から電話がかかった。「『専門里
親』の研修を受けてみませんか。虐待を受けていたアミさん
は本来、『専門里親』『が預かるべきなんです」
 マリコさんは迷うことなく参加を決めた。
         (文中仮名)
ルポ虐待 朝日新聞 2008年1月19日

里親(4)

苦しみ ぶつけてたんだ

 マリコさんは、自治体が実施する専門里親の研修を受け
始めた。専門里親は、虐待された子や非行などの問題を抱
える子を預かる里親で、02年に新設された。研修は、児童
福祉論など8科目の通信講座、児童虐待援助論など4科
目の講義、児童養護施設での実習など約4ヵ月に及ぶ。

 児童相談所の職員は言った。「虐待を受けた子どもさ
んは、そんなことだから虐待されるんだよ、ということを
したり、言ったりするでしょう?」
 マリコさんは思わずうなずいた。
 「違うんです。順序が逆。虐待されたからこそ、そうい
う態度をとってしまうんです」。反抗することで周りの
大人がどこまで自分を受け入れてくれるかを推し量る、
 「試し行動」と呼ばれる心理をマリコさんは知った。

 実習では、虐待を受けた子から、ののしられ、暴力をふ
るわれることがある臨床心理士に会った。「自分が親から
されたのと同じことを、ほかの人にしてしまうんです。そ
んなとき私は、自分は今だけつらい、でも、この子たちは
ずっとこんな思いで生きてきたんだ、と思うようにしてい
ます」
 アミは、耐えてきた苦しみをぶつけていたんだ。私は、
そのつらさをわかってあげられていなかった。

 自分の何が悪いのかと思い詰め、イライラを募らせてい
たマリコさんは、肩の力を抜くことができた。笑顔が増え
ていくのが自分でもわかった。

 4ヵ月間、夜中の台所で教材を読み、リポートを送っ
た。翌年、専門里親に認定された。   
  (文中仮名)

ルポ虐待 朝日新聞 2008年1月23日

里親(5)

素直な心 抱きしめた

 夜のことだ。里親のマリコさんが終い湯からあがり台所で
休んでいると、アミさんがぽつりと言った。
  小さい時にね、冬、パパに裸で外に放り出されたことがあ
ったんだ」
 自分の受けた虐待を□にしたのは初めてだった。「あんたえら
いね。よくがんばったね。強いなぁ」。マリコさんは繰り返した。

 マリコさんは毎朝5時半に起きて弁当を作り、駅まで送って
いた。ある朝、翌年に迫った高校受験の話になった。「アミの
ことを思うと、勉強しなさいという気持ちになるよ」と言うと、
アミさんは「勉強しろって言われると、する気がなくなる」と
途端に不機嫌になり、ホームのベンチに座ってそっぽを
向き続けた。
 6分、7分。マリコさんは心配で、ホームが見える踏切のそ
ぱで見ていた。電車が着く間際、アミさんはぱっと顔を上げ
た。マリコさんの振った手に、小さく振り返した。

 枕を抱えたアミさんが、マリコさんの寝室に入ってきたの
は、一緒に暮らして1年が過ぎた夜だった。

  「なんか心がつらい」と泣き出した。「思春期だから、
大人になっていく途中だからかな」。マリコさんはそう答える
と、アミさんを初めて抱きしめた。それまでは、触られるの
さえ嫌がっていたのに、素直にじっとしていた。
「奥さんの心臓の音が聞こえる」
布団の上で30分ほど抱き続けていると、いつのまにか
アミさんは寝息をたてていた。
     (文中仮名)

ルポ虐待 
朝日新聞 2008年1月24日

里親⑥

「ここにいたい!」初めての言葉  

 アミさんが里親のマリコさんのもとで暮らして1年余
り、年明けには高校受験を控えていた。第1志望の
公立校は合格ラインぎりぎりだった。滑り止めに
私立校も受けることになった。自信をつけてあげたいと、
マリコさんは家庭教師を頼んだ。

 受験のストレスなのか、アミさんの態度が、最初に家に
来たころのように反抗的なことが増えた。ひとこと注意を
すると、「だから何よ」とつっかかってくる。気に入らな
いことがあると、食器をどんと置いたり、取ってと頼んだ
物を投げてよこしたりした。

 「ふてくされてばかりだと迷惑だよ。家族として楽しく
暮らす、最低限のルールは守って」
  「家族、家族ってほんとの家族でもないのに、意味わか
らん」。アミさんはこたつにもぐって泣いた。

 もしかしたら、この家にいるのがいやなのだろうか。そ
れを、態度で示しているのだろうか。
 マリコさんは「児童相談所で聞いてもらいたいことがあ
るなら、連れて行こうか?」とアミさんに聞いてみた。
 「なんでそんなこと言うの」。アミさんは泣きながら
叫んだ。
 「ここにいたいの! でも、奥さんたちに素直になろ
うとしても反対のことばかりしてしまう。わけわからんく
て、頭おかしくなる」

 思いがけない言葉だった。
 「ここにいたいって、初めて聞いたよ。相談所に行こうな
んて言ってごめん」。マリコさんはアミさんを抱きしめて
謝った。   (文中仮名)


ルポ里親
朝日新聞2008年1月25日
 
里親⑦
「ありがとう」伝えてくれた

 里子のアミさんの通う中学校の卒業式に、里親のマリコ
さんはビデオカメラを持って出席した。

 1年半前にアミさんが来た時、マリコさんは1本のビデ
オテープを用意した。タイトルには「アミ」と記した。こ
の子は、これまでの成長の記録を多く残してもらっていな
いかもしれない。この家にいる間だけでも、残してあげた
かった。運動会も合唱会も、カメラを持って出向いた。

 式の受付で、マリコさんはアミさんからの封筒を受け
取った。先生に言われ、卒業生はみな両親にあてて書い
ていた。保護者席で開くと、白い小さな紙に横書きで丸い
字が並んでいた。

  〈あんまり気持ちとかうまく書けないので、個条書き
で書きます。①中学校行くのに支えてくれてありがとう
②おくさん、いつもおいしい弁当ありがとう⑧たくさん
の愛をありがとう④高校行っても色々と迷惑かけると
思うけどよろしくお願いします〉

 一緒に暮らし始めた時には、反発ばかりしていた子
が、感謝を伝えられるようになったことがうれしかった。
涙が止まらなかった。「こんなに泣いているの、保護者席
で私くらい」とマリコさんは恥ずかしかった。

 数日後、2人で第1志望の高校の合格発表を見に行っ
た。「あった! 受かってる!」。アミさんの受験番号が
あるのをいち早く見つけたマリコさんは、大きな歓声をあ
げた。「私が先に見つけたかったのにな」。マリコさんの
横で、アミさんがちょっとすねた。    (文中仮名)


ルポ里親
朝日新聞2008年1月26日

里親⑧
本当はママのこと好きなんだ

  「ママのところに帰ってみてもいい?」。里親のマリコ
さんのもとで暮らすようになって1年半、合格した志望の
高校の入学まであと少しというある日、アミさんは切り出
した。
 突然だったが、マリコさんは驚かなかった。アミさん
は、暴力を振るわれ、ののしられ、「ママに虐待されてい
る」と児童相談所に駆け込んだ。自分から里親の家で暮ら
したいと望み、マリコさんのもとに来た。「ここにいたい
!」と泣いて叫んだのもついこの間のことだ。でもマリコ
さんはずっと感じていた。本当はママのこと、大好きなん
だろうな、と。

 話の端々に「ママはね」と出てきた。一緒に暮らすもう
一人の里子のケン君から「宝くじで1億円当たったらどう
する?」と聞かれると、アミさんは即座に「ママに家を買
ってあげる」と答えていた。

 児童相談所の担当者とマリコさん、アミさんの実の母が
相談した。母は、また手をあげてしまうのではと心配して
いたが、やってみると受け入れた。

 アミさんは週末などに一時帰宅するようになった。マリ
コさんは心配だった。アミさんが戻ってくるたび、それと
なく尋ねた。

  「だらだらしてたらたたかれたけど、一発だけ
だったよ」「別に普通だった」。母は、かつてのように
激高することはなかった。

 春から夏にかけ、帰宅を重ねた。夏が終わるころ、アミ
さんは言った。「ママと一緒に暮らそうと思う。家に帰り
たい」     (文中仮名)

ルポ虐待
朝日新聞 2008年1月27日
 
里親 (9)

 里親のマリコさんは、アミさんとの日々をルーズリーフ
につづっていた。

  <○月○日 私かいない間に制服のスカートを15センチ
くらい短くしていた。指摘したら「スカートくらいで何よ」
と居直られた。
 「自分が一番自分を粗末にしている。よく考えなさい」と怒っ
た。「少しおりこうさんになる」と小さい声で言ってきた。>

 <○月○日 アミが来てすぐのころはモーレツな反発を受け
た。けれど、[いってらっしやい」に返事もしないで、ふてくさ
れて学校へ行く後ろ姿にも「今日も元気で学校行ってくれた。
産んでなくても我が子なの! ありがとう」と思ってた。私、
 その気持ちを忘れてしまっている。慣れかなぁ。疲れかなぁ〉

   <○月○日 アミと口論。[私のこと産んでもないのに
 !」と言うから、「産んでも産 んでなくても、我が子と思った
 ら我が子なの!」と返した〉

   <○月○日 アミにいちいち 細かなことを指摘している気が
 する。ゆったり。大きな心で。 笑顔で。気をつけないと子ども
 たち疲れてしまう〉
   <○月○日 入学式。制服が よく似合っている。近くの席の
 友達とも話ができていた。いよ いよ出発です!〉

 アミさんはテレビの脇にたま たま置かれていた日誌を見てし
まったことがある。悪いかなと 思っても、読むのをやめられな
かった。私のこと、こんなに思ってくれてるんだーー。
 勉強のことも友だちのことも 相談したら、マリコさんはきち
向き合ってくれた。[信頼できる大人」に会ったのは初めてだった。
   (文中仮名)
  ◆次回は30日掲載の予定です。


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