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伝兵衛
伝兵衛
オーナーへメッセージ

2017年07月19日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載14


西バージニア州では 当時 緊急入院して生ま
れた新生児の80%は薬物依存症の母親を持
っていた。そういう赤ちゃんは依存症であり
生まれた後に新生児禁断症候群に苦しむ。そ
のような赤ちゃんは高血圧で、震えていて、
キーキー叫び、ほとんど寝ることができない。
ケニーはそういう子だった。「ケニーは常に
わめき続け、最初の4~5ヶ月の間 続けて
2時間以上眠ることがなかった」と里父ジョー
は言う。
ケニーが来て、半年後にハーリーが児童相談
所からパム夫婦のもとに来た。この子も新生
児で、震えながらキーキー叫んで赤ちゃんベ
ッドに横たわっていた。母親は薬物犯罪のた
めに勾留されていた。ハーリーは里親のもと
に約1年いて、それからテキサスの祖父母に
引き取られた。社会福祉局は できるなら子
どもを身内のもとへ送るように努力する。西
バージニア州のケースワーカーは言う:たい
ていは祖父母のところへ子どもは送られるが
実際に手伝わねばならなくのは曾祖父母のこと
もある。「薬物危機は既に二世代を襲っていて
以前に薬物をしながら親になった人は今は祖
父母になっている。子どもの頃に薬物をした
人が親になっている。なので親も祖父母も子
どもの世話をすることは できない」。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 16:26Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月18日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載13


2013年にモルガンタウンの児童相談所は生後
わずか3日目の女の子のための里親を探して
いた。母親は他の子ども達を無慈悲に殴って
いたが薬物依存症ではなかった。パム夫婦は
その赤ちゃんを引き受けたが、その子は1年弱
しか里親のもとに居なかった。児童相談所は
その子を実母に戻したのだ。「その後はもう
二度と あんなに幼い子を引き取らないこと
にしようと思った。別れは辛すぎた」と里父
のジョーは言う。
薬物の引き起こす事はもっと酷い。2013年に
ケニーがパム夫婦のもとに来た。彼も生後 
間もない赤ちゃんだった。彼の実母はアルコ
ール依存症で そのうえクリスタルメスとヘ
ロインをやっていた。2013年は薬物依存症が
再び劇的に増えた時期だった。メキシコから
国境を超えてヘロインが流入した。それは安
く、強力で、致死的だった。依存症になる人
がどんどん増えた。少年・少女の中でも薬物
をやる人が増えた。(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 18:30Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月17日

性的少数派パレード(動画


下記サイトに動画。字幕は読まなくていいか
ら、映像だけ見て:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/david-hasselhoff-wird-1.3590856
1969年6月28日にニューヨークのクリストフ
ァー通りで性的少数派と警察の衝突があった。
それを記念して、クリストファー通り記念日の
パレードがたいてい6月末に行われるように
なった。日本では熱中症を避けるためか秋に
大都市で行われる。ドイツでは50の都市で
このパレードが行われる。「プライド・パレ
ード」あるいは「ゲイ・プライド・パレード」
とも呼ばれる。


  


Posted by 伝兵衛 at 15:29Comments(0)性少数派

2017年07月16日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載12


ときには子どもは親が死ぬのを見ることがある。
親が薬物の過剰摂取のあとベッドで死んでい
るのを子どもが見つける。あるいは父や母が
運転中に衰弱したときに子どもが後部座席に
座っている。去年オハイオ州東リバプールで
撮影された写真は衝撃的だった。地元警察は
その写真を公表し、日常よく見られる事だと
いうことを示したかった。四歳児がチャイル
ドシートに座っていて、その子の祖母と彼氏
がヘロインの過剰摂取のため意識不明で座っ
ているのが撮影されていた。(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true



  


Posted by 伝兵衛 at 17:04Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月15日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載11


◎曾祖父母が手伝わなければならない。祖父
母は壊れているから。祖父母も薬物依存症な
のだ◎
子どもは親が薬物をやるのを しばしば見て
いる。「母が錠剤を砕いて 吸っているのを
見た。普通のことだった」とミアは言う。
「家はいつもクスリで恍惚状態になった見知
らぬ人達で一杯だった。姉と私は部屋に閉じ
こもって 見知らぬ人達が出ていくのを待っ
た」。自分の子どもに薬物を取らせる親もあ
る。「私の持っている患者の一人は 母親に
11歳の時ヘロインを注射された」とモルガン
タウンの依存症診療所で働いている医師は言
う。(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 18:19Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月14日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載10


安心できない状態にいると 子どもはウソを
つこうと言う抑えがたい衝動に駆られる。
「薬物を使う家庭の子にとってウソを言うの
は全く正常なことだ。なぜならウソを言うこ
とは生き延びるのに大切だから」とパムは言
う。ドアの前に立って家賃を払えと叫ぶ家主
を去らせるために子どもはウソを言わなけれ
ばならない。店で万引きするために店員の注
意を逸らすために子どもはウソを言わなけれ
ばならない。あるいは母親に どつき倒され
ないように、新しい友達がやっとできたと母
親にウソを言わなければならない」。何の因
果か?(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 20:25Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月13日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載9


パムは里親として、養子縁組親として、里子
の実の親との関わりは多い。里子が望む場合
実の父母と良い関係を持てるように努力して
いる。「自分の子を愛していない母親など想
定しない」とパムは言う。「愛が足りないの
ではない。ただ薬物依存症者は子どもの面倒
をみる状況にないというだけのことだ」。
生活保護で得た僅かな金を薬物に使う親は多
い。そういう親は盗みをしたり、盗品を売っ
たり、100ドルや200ドルで薬物を手に入れた
りすることに没頭する。家賃や電気代は残ら
ない。「子どもは とりあえずコーンフレー
クを食べる」とケースワーカーは言う。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 18:51Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月12日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載8


暴力と性的虐待は薬物依存症家庭にしばしば
起きる、とケースワーカーは言う。しかしたとえ
子どもが殴られなくて、強姦されなくても、たと
え子どもが最悪のことを免れたまま居られて
も、たとえ親が子どもの面倒を見ようと努力し
ていても、子どもにとって必要なこと・最も大切
なことが欠けている:安全に守られている状態
・信頼できる状態・心配しないでいい状態が
欠けている。親が薬物依存症である場合、
カネと薬物への渇望が生活のすべてを支配
していて、他のことはなおざりにされる。不安
と混沌が子どもにとって普通の状態になる。
「私にとって全てが常に不確かだった」とミア
は言う。「食べ物はあるだろか?アパートから
追い出されるだろか?電気と水道は止められ
るのだろか?父親は私に襲いかかるだろか?
絶えず生き延びることを心配しなければ 
ならなかった」。(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 16:32Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月11日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載7


ザックが法廷に立ったとき 里親パムとジョー
はザックを刑務所に入れないようにと裁判官
に懇願した。「彼は支援を必要としている。
勾留が必要なのではない」とパムは言う。
ザックは幸運にも 2013年に暴力的な青少年
のための施設に入った。パムは彼にそれ以来
会っていない。
パムとジョーの家に来た四番目の里子はミア
と言う。それは8年前で、ミアは9歳だった。
ミアの居た家は地獄だった。両親は酒を飲み
アヘンに似たモノをやっていた。ミアの父は
ミアと姉を強姦し、母親は粉にした錠剤を吸
っていた。売人もしていた。「私はいつも父
に見つからないように タンスの中に隠れて
いた」とミアは言う。
パム夫婦がミアを受け入れる前にミアは既に
五つの里親家庭で暮らしたことがあった。姉
のジェニファは そのうちの一つの家庭で養
子縁組した。しかし その里親はミアと養子
縁組しようと しなかった。ミアはパムの家庭
に週末だけ過ごすはずだったが、ミアはその
まま居続けた。(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 16:38Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月10日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載6


アレックスは新しい里親になじんだが、ザッ
クはあまりにも深い心的外傷を負っていた。
ザックは暴力と不安以外のことを人生で経験
したことがなかった。「傷つけられた人は人
を傷つける」と里親パムは言う。ザックは学
校で殴り合いをした。妹を虐待した。「彼は
いつも夜に私のベッドに来て、全力で私を殴
った」とパムは言う。「しかし私は何も話さ
なかった」。
ザックの中には激しい怒りが煮えたぎってい
た。里父ジョーが倉庫にあるコンピュータを
取り出すのを禁止したとき、ザックは自分の
リュックからナイフを取り出し、家族の車の
タイヤを突き刺し、里父に襲いかかった。
「このクソ野郎、殺すぞ」と叫んだ。「彼は
本当に殺すつもりだった」とジョーは言う。
ザックはナイフで刺しにかかり、刃はジョー
の手首の関節に当たった。腕時計の金属製バ
ンドに刃が当たって助かった。パムは警察を
呼んだ。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 18:41Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月09日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載5


パトリックが里親のところへ来て1年後にザッ
クと妹アレックスが来た。この子たちの母マ
ーシーはヘロインとクスタルメスとコカイン
をやっていた。子ども達は父親のところで暮
らしていた。父アールも薬物依存症者だった。
ある日 父はキャンピングカーの中で死んだ。
警察はザックとアレックスを学校から連れ去
り、母親のところへ届けた。母マーシーは子
ども達と住んで、荒れ果てたモーテルで男を
次々に替えていた。ザックは殴られ、侮辱さ
れ、性的に暴行された。とうとう児童相談所
はザックとアレックスを里親家庭に連れて行
った。兄妹は別れ、幾年もの間 幾つかの施
設や里親家庭へ回された。ザックが10歳、ア
レックスが8歳のとき 里親パメラとジョーの
ところに来た。「きょうだいは一緒に暮らす
方が良い」とパメラは言う。(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 16:48Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月08日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載4


薬物は依存症者を破滅させるだけでなく、家
族を分裂させ、ボロボロにする。西バージニ
ア州では児童相談所が家庭から引き取る子ど
も10人の内9人は親が薬物依存症だ。「気絶し
て倒れたり、死んだりした薬物依存症者につ
いての報告の それぞれには子どもについて
の恐ろしい物語がある」と里親パムは言う。
「薬物依存症者のうち子どもを持つ人は大変
多い。彼らの子どもは全く無防備だ。彼らの
子は この荒廃の犠牲者だ」。
里親夫婦パムとジョーは数年前に子ども達を
救おうと決めた。パムは保健部門の部長とし
て稼ぎは良かった。夫婦は丈夫で 人当たり
の良い人だ。「何かしないと いけないと考
えただけのこと」とパムは言う。2003年に夫
婦は まずパトリックを里子に迎えた。その
後 夫婦は10人の里子を受け入れた。彼らの
親は薬物依存症だ。10人のうち8人と養子縁組
した。「この子たちが経験したことに私たち
は決して耐えられないだろう」とジョーは言う。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 15:10Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月07日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載3


◎小見出し:「食べ物はあるだろか?アパー
トから追い出されるのだろか?」これが幼い
ミアの世界だった◎
薬物依存症者はヘロインを温め、注射し、錠
剤を細かく砕いて吸う。恍惚状態になる。時
には量が多すぎたり、強すぎるモノをやった
りして死ぬ。幸運なら やり過ぎても救急車
で運ばれる。時には運が尽き、死体公示所に
運ばれる。アメリカでは去年 約6万人がヘロ
インあるいはアヘンに似たものをやり過ぎて
死んだ。この数は銃や車の事故による死者の
数よりも多い。多くに地域では アヘンに似た
ものの過剰摂取は 自然死でない死の原因
として最も多い。
西バージニア州は薬物依存症が特に猛威を
振るっている州だが、実はどの州も酷い。ニュ
ーイングランド州、昔 製鉄業が栄えた地帯、
アパラチア地方、南部、南西部で数十万人が
薬物をやっている。医師・救急隊員・消防士・
警官・教員・ケースワーカー・市長など皆が
薬物と悲惨に抵抗しているが、絶望感と無力
感に疲れている。(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 19:07Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月06日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載2


2017年7月1日発:見出し「助けて」。
パトリックの里親はパムとジョーに決まった。
西バージニアのモルガンタウンの町はずれに
ある大きい家だった。パトリックに取って里
親はあまり親しみやすい感じは しなかった
し、飼い犬は怖かったが その家に留まった。
しかし彼は ここでは安心だと思った。それ
は14年前のことだ。
アメリカにパトリックのような子どもは数十
万人いる。そして毎年その数は増えている。
歴史上もっとも残酷な薬物の蔓延にアメリカ
は苦しんでいる。アメリカにあふれているの
は 気分の良くなる麻薬ではなく、色とりど
りのパーティードラッグ・デザイナードラッ
グでもない。それは次のものだ:1)アヘン
に似た薬物で、強力な容赦ない殺人の薬物。
2)メキシコからのヘロイン。ビニル小袋に
入っていて10グラム20ドル。3)中国からの
フェタニル。白い結晶で 三~四粒飲むと死
ぬこともある。4)国内産のオキシコドンと
ハイドロコドン。強力な麻酔剤であり、鎮痛
剤に含まれている。すぐに依存症になる。
(つづく)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true


  


Posted by 伝兵衛 at 18:10Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月05日

薬物依存症の親をもつ子ども(連載1


2017年7月1日発:見出し「助けて」。
アメリカには今までに なかったほど多くの
薬物依存症の父親と母親がいる。彼らの子ど
もにとって生活は地獄である。しかし災難の
中に希望もある。この記事は驚くべき家族に
ついて。
パトリックは5歳。里親に会ったとき車の中で
石のように固くなって、不安そうに座ってい
た。実はパトリックは その週末だけ里親家
庭パミラと夫のところで過ごすことになって
いた。彼のおうちは 汚れたゴミ屋敷状態だ
った。そこから二三日逃れるのだ。彼の父の
ウェインは暴力を振るうホームレスで、大酒
を飲み、麻薬をやっていた。妻を殴り、妻の
首を締め ピストルで脅したりしていた。
「水槽の中の魚をピストルで撃ち殺したこと
もあった」とパトリックは言う。パトリック
の母メリッサは薬物常用者であり、クリスタ
ルメス・睡眠剤・ヘロインをやっていた。
彼女はナイフを持って、夫に突進する人だっ
た。母と父が家の中で わめき、殴り合い、
あるいは薬物で恍惚状態になっている間に
パトリックは外で かがみ込んでいた。オシ
メにオシッコとウンチを一杯したまま路上に
いた。そのうちに近所の人が児童相談所に電
話した。職員が来て、パトリックを引き取り
彼のための里親を探した。(つづく、連載は
10回以上になります)
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/drogenkrise-in-den-usa-rette-mich-1.3551391?reduced=true



  


Posted by 伝兵衛 at 14:52Comments(0)薬物依存症児童虐待

2017年07月04日

避難所(瘋癲院)・連載19(最終回


ハウスの引越し経費のためには40万ユーロの
寄付が集まった。引越しと改装の経費に百万
ユーロが見積もられている。「すべての住民
が助力してくれている。多くの職人や企業が
無料で支援すると約束してくれている」とア
レクサンダーは言う。
エアビンは引越しの後も この組織に留まる
つもりだと公表した。そしてカルル(妻を亡
くした男)は4年前に70歳の誕生日の後、出て
行きたかったが、既に9年このハウスにいる。
イランからの難民が祝祭のときにスピーチし
た:「私の父とは おそらく会えることはな
いだろう。しかしここで新しい父をカルルと
言う人の中に見つけた」。
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/2/1
(連載おしまい。明日から「薬物依存症の親
をもつ子ども」の連載です。
★ブログ管理人の説明:表題はTollhaus.
辞書には「古語で 精神病院」とあります。
明治時代に日本語で これを何と言うたか
分からない。類語辞典の「狂気」の項目に
色々出てます。その中の「瘋癲(ふうてん)」
は今はあまり使われないから これを使わ
せてもらって「瘋癲院」としてみましたが
記事の内容によると精神病院では なさそう。
記事を読み続けていくうちに この施設の
責任者は医師であるけれど、施設は病院では 
なさそうだと分かりました。なのでタイトル
を「避難所」に変えました。


写真提供:sachiさん  


Posted by 伝兵衛 at 15:19Comments(0)こころのケア

2017年07月03日

避難所(瘋癲院)・連載18


サルシンと夫は難民キャンプをたらい回しさ
れ まもなく我慢できなくなって、自力でパ
リに向かった。パリで逮捕され、数日間 留
置場に入れられた。南チロルの「連帯のハウ
ス」にたどり着き、二人の長い旅は終わった。
イラクでサルシンはラジオ局で働いていた。
南チロルでソーセージ作りを始めた。副業的
にホームページを作った。彼女が実習の場を
求めていたとき、アレクサンダーは肯定的な
答えを送ってくれた唯一の人だった。
しかしまもなく全てが変わる。教団はハウス
を必要とするようになり、来年 入所者は町
はずれの建物に引っ越す。「やっと彼らを追
い出すというのでなく、ハンセン病患者をあ
の場所へ送り込む」と罵る人もいる。しかし
地元の大半の人々は このプロジェクトを
喜んでいたように見える。(つづく)
★ブログ管理人の説明:表題はTollhaus.
辞書には「古語で 精神病院」とあります。
明治時代に日本語で これを何と言うたか
分からない。類語辞典の「狂気」の項目に
色々出てます。その中の「瘋癲(ふうてん)」
は今はあまり使われないから これを使わ
せてもらって「瘋癲院」としてみましたが
記事の内容によると精神病院では なさそう。
記事を読み続けていくうちに この施設の
責任者は医師であるけれど、施設は病院では 
なさそうだと分かりました。なのでタイトル
を「避難所」に変えました。

下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/2/1


写真提供:SACHIさん  


Posted by 伝兵衛 at 12:48Comments(0)こころのケア

2017年07月02日

避難所(瘋癲院)・連載17


サルシン(28歳)はイラクのクルド女性。3階の
談話室のコンピュータの前に座っている。
ここに来て数ヶ月になる。ハウスのホームペ
ージを改善するために実習として ここに滞
在している。サムエルと同じように ヨレヨ
レの船に乗って地中海を渡った。2年前に夫
と共にトルコの町イズミルから小さい難民船
に乗った。1000キロ離れた南イタリアで下船
した。二人が欧州の土地に立ったとき もう
喜ぶ力もなかった。二人はただ見つめ合い、
無言で希望を分かち合った。サルシンの夫は
イラクで政治的迫害を受け、殺すと脅されて
いた。やっと二人は人権と公平の国に着いた。

★ブログ管理人の説明:表題はTollhaus.
辞書には「古語で 精神病院」とあります。
明治時代に日本語で これを何と言うたか
分からない。類語辞典の「狂気」の項目に
色々出てます。その中の「瘋癲(ふうてん)」
は今はあまり使われないから これを使わ
せてもらって「瘋癲院」としてみましたが
記事の内容によると精神病院では なさそう。
記事を読み進んでいくうちに この施設の
責任者は医師であるけれど、施設は病院では 
なさそうだと分かりました。なのでタイトル
を「避難所」に変えました。★
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/2/1


  


Posted by 伝兵衛 at 14:08Comments(0)こころのケア

2017年07月01日

精神病院(瘋癲院)・連載16


エアビン(玄関で演奏する男)は酒が生活を
破滅させたと言う。やっと ここに来て、失
うものも あるという気がした。その気持が
彼に力を与えた。彼は このハウスの大黒柱
になった。イブラヒムが朝、林業の職場へ出
かけるとき エアビンは彼の後ろからウィン
クし、午後に戻って来たら、握手する。根本
において エアビンのような人が望めること
よりも多くが ここには ある。エアビンは
ここを離れる気はない。
記者がここを訪れた数日後 ハンスと妻は自
分の家に引っ越した。パニック障害は もう
ほとんど起きなかった。去る人もあるし、来
る人もある。(つづく)
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/2/1


  


Posted by 伝兵衛 at 15:57Comments(0)こころのケア

2017年06月30日

精神病院(瘋癲院)・連載15


象牙海岸出身のイブラヒムと一緒の部屋にサ
ムエルは住んでいる。イブラヒムは林業会社
で働いている。サムエルはイブラヒムと同じ
ように きっと仕事が見つかると思っている。
長くハウスに居る人は 自立できるのだとい
うことを新人に示す。役に立たないとされた
人も 最終的に拒絶されたわけでなかったと
理解する。
昼食は長椅子を並べた食堂で食べる。この日
はイラク出身のファヒンが30人以上のために
肉いり粥を料理した。ここで2週間 毎日
食事すると 料理の世界旅行ができる:ハウ
スに住む8~10人が料理を担当している。食
器のぶつかる音と会話の断片が混ざりあう。
会話は天気、掃除の予定、ナンギな事と希望
について。(つづく)
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/2/1


  


Posted by 伝兵衛 at 09:53Comments(0)こころのケア

2017年06月29日

精神病院(瘋癲院)・連載14


このことは自己責任を強くする。「このよう
な人々は施しを受けるのでなく、仕事を自分
でしたいと言う気持ちを持っている」とフル
トヴァンゲンの応用健康科学専門学校の社会
学者Stefan Selke は言う。そして このやり
方は ほとんど真似できない。「支援組織も
自身の関心を持っている。官僚制や規格化が
あるだろう。これは入所者が成果をあげるた
めの自律性を制限する」。このハウスでは
各人が自分の道を探す。
サムエルはハンスの隣の屋根裏部屋に住んで
いる。来年は きっと就職できると思ってい
る。サムエルは27歳のガーナ人で、1年半前に
古里を出た。ブルキナファソ・ニジェール・
チャド・リビア・ランペドゥーザ島を経て、
この「連帯のハウス」に着いた。彼は庭の手
入れをして、トマト・キャベツ・サラダ菜を
育てている。この地域の農家で試しに働かせ
てもらうために推薦をもらった。(つづく)
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/2/1


  


Posted by 伝兵衛 at 16:06Comments(0)こころのケア

2017年06月28日

精神病院(瘋癲院)・連載13


ペトラは言う:「大切なのは入所者に仕事の
場を紹介しようと私たちが努力していること
だ。初めは難しかったが そのうちに信頼で
きる人、献身してくれる人が得られると 地
域の企業が分かってくれた。ここから出てい
く人の多くは社会の中に居場所を見つける見
通しを持っている。
職員は求人している多くの企業を個人的に知
っている。ハウスの入所者は状況が必要とす
る限り 長く雇用主のところに留まることが
できる。それが可能なのは 個人からの寄付
によって運営されていて、市や国やEUからの
助成金を受けていない自立的組織であるから
だ。「私たちには 成果をあげるようにと言
う圧力がない。入所者が さらに到達しなけ
ればならない成果は ない」とアレグザンダ
は言う。(つづく)
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/2/1


  


Posted by 伝兵衛 at 15:56Comments(0)こころのケア

2017年06月27日

精神病院(瘋癲院)・連載12


もちろん他の市にも 問題をもつ人々が共に
暮らすプロジェクトはある。しかし他の市で
は罪を犯した少年のグループや特定のグルー
プが重要である。この「連帯のハウス」では
そうでなくて入所者の範囲が広い。そのため
に ややこしくなる。
夜と週末に入所者は ほおっておかれる。
「一日の半分の時間だけしか規則に縛らない
のでは、逆戻りしたり、再発してりするとい
う心配もあるが、それは稀だ」とペトラは言
う。
警察がこのハウスに来るのは、誰かを連れて
行くために来るのでは なく、誰かが居なく
なった場合に来る。「破滅にある人の住むこ
のハウスが元犯罪者や あるいは犯罪者にな
りそうな人々に肯定的な働きを持っていると
いうのは明らかだ。これは 不合理に聞こえ
るだろうが、実際そうなのだ」と地元の警察
は言う。(つづく)
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/2/1


  


Posted by 伝兵衛 at 15:39Comments(0)こころのケア

2017年06月26日

精神病院(瘋癲院)・連載11


◎規則二:暴力は無し。去年 衝突があり、
二人の入所者は相手があまり働かないと言う
て 罵りあった。一人がもう一人に噛みつき 
報復されて病院に送られた。二人とも退所し
なければならなかった。ハウスが開設されて
から そういう事件は四つあっただけで命に
関わるものは なかった。
ハウスの管理事務所に 女性医師ペトラがい
る。彼女は支援するために夫と共に数年この
ハウスに住んでいる。今ペトラは社会福祉法
人の名誉理事長をしている。職員はアレグザ
ンダーとカルルとミリアムの三人。ミリアム
は社会福祉士。ペトラの椅子の後ろに世界地
図が貼られている。今までにハウスで暮らし
た人達の出身地が地図に数百の針によって示
されている。「世界中で問題が起きているの
で、ここに客として来る人がいる」とペトラ
は言う。(つづく)
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/2/1


  


Posted by 伝兵衛 at 13:49Comments(0)こころのケア

2017年06月25日

今日ゲイ・プライド・パレード@イスタンブール禁止


今日6月25日(日)にイスタンブールで行われ
る予定だったパレードを役所は禁止した。
レズビアン・ゲイ・両性愛者・性転換(希望)
者・インターセックス(外性器および ある
いは二次性徴が男でも女でもない あるいは
混在したもの)の権利を主張するデモを禁止
するとイスタンブールの役所はネットで宣言
した。「観光客の安全と公共の秩序」を危険
にさらすという理由である。
今年の断食あけの祭は6月25日にあたり、パレ
ードも同じ日に行われるはずだった。
2015年と2016年にもイスタンブールでゲイパ
レードは禁止された。しかし2016年には性的
少数派はイスタンブールの中心街に集まり、
警察は強権的手段をとった。
それ以前の年にはパレードは事件もなく行わ
れた。なのでイスタンブールのゲイパレード
はイスラム教徒が多数を占める国での唯一の
性的少数派のデモだった。
トルコは同性愛を禁止していないが 同性愛
者への恐怖症は人口の多くに広まったいる。
下記サイトから:
http://www.dw.com/de/erneut-keine-gay-pride-parade-in-istanbul/a-39400871


  


Posted by 伝兵衛 at 14:30Comments(0)性少数派

2017年06月24日

精神病院(瘋癲院)・連載10


ここで暮らす人は二つの規則を守らなければ
ならない。
◎規則1:誰もが何かをしないといけない。
ハウスではゾリダリオという所内のお金が使
われる。一時間 掃除したり、料理したり、
買い物に行ったりすると、一ソリダリオもら
える。ここで一ヶ月暮らすのに普通10ソリダ
リオと家賃200ユーロかかる。災害を受けた
場合だけ、これは免除される。
以上は下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/Das-Tollhaus
仕事をすることによって入所者は一日を規則
正しく送るようになる。仕事がないとなると
テレビを見っぱなしとか 寝ているとかにな
って一日に区切りがない。共に働くと、他の
人に関わり合わなければならない。犯罪者も
失われた共感を取り戻す。その上、価値観が
伝えられ、連帯感や利他主義が生まれる。ハ
ウスで暮らすことは社会で生きるための短期
集中講座なのだ。(つづく)
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/2/1


  


Posted by 伝兵衛 at 18:45Comments(0)こころのケア

2017年06月23日

精神病院(瘋癲院)・連載9


入所者が安心して受け入れられるということ
はハウスへ入所してくる時に始まる:入所者
は問題を持っているにも かかわらず受け入
れられる のではない。問題を持っているか
らこそ受け入れられるのだ。「窮乏している
ということが 最も大切な入所基準だ。その
人を立ち直らせる人・助けてくれる人が誰も
いない場合にだけ、私たちは その人を受け
入れる」とアレグザンダーは言う。彼はハウ
スの三人の職員の内の一人で、前はPR部門で
働いていた。その他の点については、入所者
の混ざり具合が よくなければならない。既
に4~5人のアルコール依存症者が居る場合は
他の窮乏している人の有利になるように、ア
ルコール依存症者は断る。ハウスは全ての希
望者を受け入れることは できない。三人に
一人は断られる。(つづく)
★ブログ管理人の説明:表題はTollhaus.
辞書には「古語で 精神病院」とあります。
明治時代に日本語で これを何と言うたか
分からない。類語辞典の「狂気」の項目に
色々出てます。その中の「瘋癲(ふうてん)」
は今はあまり使われないから これを使わ
せてもらって「瘋癲院」としてみましたが
記事の内容によると精神病院では なさそ
う★。
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/Das-Tollhaus


  


Posted by 伝兵衛 at 22:21Comments(0)こころのケア

2017年06月22日

精神病院(瘋癲院)・連載8


社会学者 Julia Hahmann (Vechta 大学)は
このプロジェクトに関わっていて、国・文化・
言語・年齢・問題が異なることは ないだろ
うと思っている。「入所者は皆、切迫した状
況にあり、入所者はそれぞれ他の人とは異な
った経験をしていると言う点では同じだ」。
と彼女は言う。承認されることも、保護され
て安全にいるということも 彼らには無かっ
た。「自己同一性を維持するには 大切にさ
れているという事が必要だ」。この「団結の
ハウスは彼らが失ったものを返還する。ハウ
スは 承認されることを経験する場所、保護
された場所である。(つづく)
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/Das-Tollhaus


  


Posted by 伝兵衛 at 16:13Comments(0)こころのケア

2017年06月21日

アクセス数・異常な増加中

このブログはタイトルを見ても分かるように
一般的なカキコミは少なく、普通の人は見ない
だろうと思うのですが 今月10日くらいから
訪問者が増えています。理由は分かりません。

写真は魔除けの御ふだ。  


Posted by 伝兵衛 at 20:26Comments(0)

2017年06月21日

精神病院(瘋癲院)・連載7


ハンスは妻とソファに座って、過去を語る。
彼のパニック障害はめったに起きなくなった。
「私は社会の一員になった。社会は私にあま
りにも辛くあたるが、私を受け止めてくれて
いる」。「ゴミの仕分けの仕事は今では う
まくいっている」。
カルル(74歳)はハンスの部屋にしばしば来
る。カルルは元牧師なので、病院で「魂に配
慮する」仕事をしている。2階にある彼の部
屋には壁にキリストの像と妻の写真が掛けら
れている。13年前からこの部屋が彼の家に
なった。カルルはこのハウスの開館以来ここ
に住んでいる。彼の妻はハウスの創立者の一
人だ。妻は開館を待たずに癌で亡くなった。
彼は妻の思い出のために数ヶ月だけ ここに
住むつもりで引っ越して来たが、ずっとここ
に居る。孤独を避けるには ここより良い場
はない。それ以来、彼は1500人の入所者と共
に生きてきた。「大半の入所者は ここに来
たとき底辺の生活をしていた」。 
(つづく)
★ブログ管理人の説明:表題はTollhaus.
辞書には「古語で 精神病院」とあります。
明治時代に日本語で これを何と言うたか
分からない。類語辞典の「狂気」の項目に
色々出てます。その中の「瘋癲(ふうてん)」
は今はあまり使われないから これを使わ
せてもらって「瘋癲院」としてみましたが
記事の内容によると精神病院では なさそ
う★。
下記サイトから:
http://sz-magazin.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/42385/Das-Tollhaus


  


Posted by 伝兵衛 at 16:24Comments(0)こころのケア